alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

二酸化炭素の増加と海洋の変化 ― 貧酸素化

今日の北海道新聞、ことわざアナグラムの第一問:「ゆめはふじとゆうなかふじ」

これは 「とうじふゆなかふゆはじめ」→「冬至 冬中 冬初め」 じゃないかと思いますが、私たちの世代でも使わない言葉かもしれない・・・と思いました。思いついたとっつぁんは何者であるか。

 

さて、二酸化炭素の増加(⇒地球温暖化)と海洋の変化、今回は「貧酸素化」の話。「酸性化」や「温暖化」のとき以上に、理屈を次々に積み重ねなくてはならないでしょう。「風が吹けば桶屋がもうかる」レベルではない、ちゃんとした論理のリングを連ねていけるとよいのですが、さあ、どうなるか。

 

冷たい水には気体がよく溶ける

一般に固体・液体は水温が高いほど溶けやすいのですが、気体は高温になるほど溶けにくなります。水中の気体分子は、温度が上昇すると活発に動いて、溶液から出ていくことが多くなるので、高温ほど溶解度が減る。大雑把ですがこれで外れてはいないでしょう。

固体と気体の溶解度の温度変化

※ 理科っぽい説明を少々:

固体を水に溶かすのは、多くの場合吸熱反応になっています。つまり、 M(固体)+ 水 ↔ M (溶液) + Q(Q<0)なので、溶液の温度を上げるとこの平衡は右に動きます。食塩の溶解度は温度によってあまり変化しませんが、溶解熱の絶対値が小さいせいです(-4.2 kJ)。硝酸カリウムの溶解熱は -34.9 kJ と絶対値が大きいので、溶解度の温度変化も大きくなります。
逆に、気体を水に溶かすのは発熱反応になっています。つまり、 G(気体)+水 ↔ G(溶液)+ Q(Q>0)なので、溶液の温度を上げるとこの平衡は左に動くことになります。暖まってしまったビールに爽快感がないのは、平衡がすっかり左辺に寄って、ジョッキから二酸化炭素が失われたせいですね。

 

水温が高いほど密度は小さい(軽い)

前回書いたように、海水も熱膨張するので、水温が上がれば密度は小さくなります。地球全体の海面水温平年差は、20世紀初頭からみると 100年あたり 0.6 ℃上昇していました(10月6日の記事参照)。瀬戸内海くらいの広がりであれば、1℃、2℃の水温変化などそう珍しくはないですが、地球全体の平均で 0.6 ℃の違いはさすがに大きい。しかも、海水の熱膨張率は水温が高いほど大きいのでした。

そもそも、海水の密度は深さとともに大きくなっていきます(これを海洋の「密度成層」といいます)。重い水の上に軽い水が乗っかって、上下方向に混合しにくい状態になっているのです。海面水温が上昇すると、上にある海水がより軽くなって、下層の水との密度差が拡大します。表層と下層との混合は、ますます起こりにくくなるのです。これを「成層の強化」といいますが、下の図のように、世界中の大半の海でハイペースで進行中のようです(*)

2020年1月6日、東北大学プレスリリースに掲載された図

(*) 論文はこちらです: http://dx.doi.org/10.1029/2019JC015439

世界の海洋の大部分において、海面から 200 メートル深までの密度成層が 1960 年代以降有意に強化されています(海水の密度は水温だけでなく塩分にもよりますから、水温上昇だけでなく、塩分の変化の影響もあわせて評価されています)。これは、下層の水からみると、海面にフタをかぶせられたような意味があります。

 

海面塩分からみえる水循環の変化

成層強化への塩分変化の寄与に関連して、AR5 に掲載されていた海面塩分の図を紹介しておきます。

平均的な塩分分布と最近の塩分変化量を比較すると・・・

※ 塩分は実用塩分尺度 pss で示されています。

上段は 1955~2005年の平均(気候値)です。北太平洋の真ん中には塩分 35 の等値線がありますが、北大西洋には塩分 37 までのグリグリがあります。太平洋よりも大西洋の方が高塩分なのです。下段は 1950~2008年までの塩分変化量です。細かい違いはありますが、高塩分の海域は変化量がプラスの領域と、また、低塩分の海域は変化量がマイナスの領域と重なり合っています(目を細めて、ザックリ見てやってください)。

海面塩分は、蒸発量が降水量を上回れば高くなり、降水量が蒸発量を上回れば低くなりそうなもの。地上付近の大気の循環は東向きに進むから、アフリカ大陸のサハラ砂漠の西方に高塩分域があるのは、中緯度の高気圧が優勢なせいだなぁ、と納得できるでしょう。日本列島の東側が比較的低塩分なのも、温帯低気圧が通過しては雨を降らせるからかな、とうなずけそうです。ところが、最近の塩分の変化をみると、元々高塩分のところでさらに高くなり、低いところでより低下しているようなのです。

降るところではいっそう多く降り、降らないところにはとことん降らない。大気まで含めた気候システム全体の水循環が変化してきたことのひとつの表れでしょうか。海面塩分の分布も、コントラストが強化されていくかもしれません。

※ 付け加えると、低塩分の海水は冷やされても密度があまり大きくならないので、下層への沈降は生じにくいはずです。一方、高塩分の海域は、水温が比較的高いので、下層までの沈降を生じるほど冷やされることはない。地球規模で水循環が変化しているとすると、海洋の鉛直方向の循環も変化するかもしれませんがどのように作用するか、簡単に見通せそうにはありません。

 

海洋の貧酸素化への道

海面付近にある海水中には、海面を通じて大気と交換した空気がほぼ飽和するまで(時に過飽和になるまで)溶け込んでおり、当然、酸素も溶け込んでおります。植物プランクトン光合成を除くと、酸素はこの海面以外には供給源をもっていません。冬季に海面で冷やされて密度が大きくなった海水は下層へと沈降しますが、いったん海面から離れると、あとは有機物の分解などで消費される一方となります。ここまでが大前提です。

さて、水温が上昇すると気体の溶解度は低下します。酸素も例外ではありませんから、海面水温上昇とともに海面から溶け込む酸素の量は減っていきます。海面よりも下層にとっての唯一の供給源が縮小しているのです。

もうひとつ、海面水温が上昇すると海面付近の海水がより軽くなり、下層の水との密度差が拡大します。つまり、成層が強化されるわけですが、そうなると酸素を十分に溶かした表層の水が下層に運ばれにくくなります。表層からの沈降が起これば、入れ替わりに酸素が消費されて少なくなっている下層の水が表層に戻ってくるのですが、そうした上下の層の交換が生じにくくなるのです。

左は海面から1200m深までの層、右は 1200m深からまでの層 

海水中に溶け込んでいる酸素量(溶存酸素量)について、1960~2010年にわたる10年あたりの変化量を示した図です。元の資料では上下に並んでいたところ、ここでの体裁を考えて横に並べました(エラい!)。青くなったところで酸素が増えているという評価になるのですが、1200m 以浅の表層でも、それよりも深いところでも、酸素が減っている赤の領域の方が圧倒的に広いことがわかります。

このように、酸素に富む新鮮な海水の下層への輸送が滞ると、下層では酸素は消費されて乏しくなる一方です。海洋の貧酸素化が進行の説明、これで一丁上がりです。論理のリングはうまく連なったでしょうか?

 

二酸化炭素増大 → 海洋の変化(応答) の話、「海水の酸性化」「海面水位上昇」に続いて「貧酸素化」。 "Deadly trio of warming, acidification, oxygen loss threaten oceans" の話、ここで一区切りにしたいと思います。次に取り上げる話題は・・・まだ決めておりません。 m(_ _)m 昔の少年雑誌なら "まて、次号" ってありましたけどねぇ~  ではでは。