前回の振り返り:
清少納言は細やかな心の持ち主だったと信じるに足る材料がありました。やってしまうタイプの人とその職場環境には、必要なはずの知識も職務への責任感も足らなかったようでした。消してしまいたい黒い過去は、誰にでもあるのでしょうけど。
安徳天皇の父、高倉天皇(第80代:1161生~1181没)、十歳のころ。紅葉を大変愛され、庭に紅葉を植え、一日中眺め暮らしておられたそうです。
ある夜、野分(のわき)はしたなうふいて、紅葉みな吹きちらし、落葉頗る狼藉なり。
ここでいう「野分」はたぶん「台風」。紅葉は「はしたなし」「狼藉」と表現されるほど無残に散ってしまいました。
殿守のとものみやづこ、朝ぎよめすとて是をことごとくはきすててンげり。のこれる枝散れる木葉をかきあつめて、風すさまじかりけるあしたなれば、縫殿の陣にて、酒あたためてたべける薪にこそしてんげれ。
主殿寮の下役人(お庭のお世話係)は、朝の掃除で落葉をことごとく掃き捨てて、散らかった枝葉も、酒を暖める薪にしてしまいました。さあ、おおごとじゃ。帝がおいでになるのに紅葉がまったく残っていない・・・
と、ここで庭をご覧になった高倉天皇、「いかがいたした」とおたずねになる。恐縮した蔵人が有り体に答えると、たいそうご機嫌なごようすでお笑いになり、
「林間に酒を煖めて紅葉を焼(た)く」という詩の心を、それらには誰がをしへけるぞや(誰が教えたのか)。やさしうも仕りける物かな(優雅にやったものだな)・・・といって、特にお咎めはなかったうえにかえってお褒めに預かったという話。
繰り返しますが、高倉天皇、まだ十歳。今時でいえば小学生(3-4年生か)にあらせられます。基礎的教養のレベルが、比較にならないほど高いのですね。
一方、平家の本文には「してんげり」の形がよく出てきて(してにけり、が本来の形でしょう)、あまり優雅な言葉ではないようですが、それでも琵琶法師が歌うための言葉の響きは豊かに感じられます。
それはさておき、ここに登場するのも白楽天(白居易)の七律からの対句です:
曾於太白峰前住 曾て太白峰の前に住み
黒水澄時潭底出 黒水澄む時 潭底出で
白雲破処洞門開 白雲破るる処 洞門開く
林間煖酒焼紅葉 林間 酒を煖めて紅葉(こうよう)を焼(た)き
石上題詩掃緑苔 石上 詩を題して緑苔(りょくたい)を掃(はら)う
惆悵旧遊無復到 惆悵す 旧遊 復た到ることなき
菊花時節羨君廻 菊花の時節 君が廻るを羨む
ふつうの語順なら、「林間に紅葉を焼いて酒を煖め、石上の緑苔を掃いて詩を題す」とかです。倒置法が効果をあげていますね。
前置きにもならない話題で1100字。まあ、いいじゃないですか。
植物プランクトンの栄養となる窒素
下図は、植物プランクトンが増殖するときに必要な窒素源と、取り込んでからアミノ酸やタンパク質を合成する様子の概念を示しています(i)。
左側は体外、上から三番目は「尿素 (NH2)2CO」。 1828年にフリードリヒ・ヴェーラーが無機物からの合成に成功した伝説の(笑)有機物。植物プランクトンは、こういう物質までも細胞に取り込めるのかと、感心してしまいます。最下段の DFAA は「溶存遊離アミノ酸 Dissolved Free Amino Acid」・・・すみません、雰囲気だけお伝えすることになりますが、アミノ酸くらいの分子量の窒素化合物も溶存態として存在できる、ということをご理解いただければ幸いです。
(i) 多田邦尚(2019):沿岸環境と植物プランクトン増殖~現場観測と室内実験~.沿岸海洋研究,第56巻,第2号,97-103. ここからいただきました。
右側、植物プランクトン体内での窒素の化学形は「硝酸 NO3- → 亜硝酸 NO2- → アンモニア(アンモニウム) NH4+」と、還元されていきます。無機態の中では思い切り還元された「NH4+」がアミノ酸 Amino acid を作る段階の主役。そして、生体を維持するためのタンパク質 Protein はアミノ酸から作られます。
さて、4/15 に「窒素 N はアミノ酸のもとでもあり、葉や茎の生育に不可欠」と紹介しました。海洋の植物プランクトンも体を作るために窒素を使います。そこで、分子量が大きくて細胞膜を通過できないようなものはおいといて、話を無機態の窒素に限りますが、植物プランクトン的にはタンパク質を作るならアンモニアを摂取するのが近道なのに、硝酸、亜硝酸など、違う形の窒素化合物も取り込んで使うのはなぜでしょうか。私もあなたも、息をして生活しているからには、分かってほしいところですが。
光合成する生物は酸化的な環境で暮らしている
それは、陸上でも海洋でも、酸素が豊富にあるのがふつうだからです。酸素が十分に存在すれば、無機態の窒素は、容易に「アンモニア NH4+ → 亜硝酸 NO2- → 硝酸 NO3- 」と、酸化されていきます。植物プランクトンの体内では「硝酸 NO3- → 亜硝酸 NO2- → アンモニア(アンモニウム) NH4+」と、還元されるのでしたから、逆向きになっていますね。そう、植物プランクトンの体外は酸化的環境なので、それに逆らう光合成は、還元的な反応にならざるを得ないのです。
外洋域における NO2- は、比較的高濃度の表層でも 1 μmol kg-1 の桁になることは珍しく、元・水の分析屋さんのうっすらした記憶ですが、NH4+ の濃度も同程度です(ii)。一方、生物活動がほとんどない中層から深層では、NO2- は(NH4+ も)ほぼゼロなのに対し、NO3- 濃度は深さとともに増加し、西部北太平洋の深層では 40 μmol kg-1 を超えます。無機態の窒素が酸化環境におかれれば、最終的にこれ以上酸化されない形態になるわけです。一例として、気象庁の観測船による亜硝酸塩 NO2- と硝酸塩 NO3- の断面をご覧下さい。
(ii) NH4+ は、古くは気象庁の観測船でもがんばって測っていました。しかし、 1 μmol kg-1 レベルともなると、サンプルの採取から実験室での測定に至るまで、色々な場面で何か余計なものが混入する(コンタミ、と総称します)のを避けられなくなります。NH4+ の場合、分析担当者の汗(窒素化合物を含む)までもコンタミの一大要因になってしまい、純水製造装置から出したばかりでアンモニア・フリーのはずの水でさえ、実験室内の空気にさらされたとたんに「ゼロ」ではなくなるかも・・・ましてや、試料水は採水器から容器に移されて実験室まで運ばれてくるものです(途中で屁をこいてもダメかも知れません)。そんなこんなで、うまく測定できないとしたものです。やってやれないことはないでしょうが、ルーチン的な分析レベルでは、硝酸塩がきちんと測定できている方がずっとよいであろう、と。
植物プランクトンの行う光合成は、酸化的な環境の中で体を作るための一連の還元的な反応であるといえます。