alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

アンモニア態窒素の分析

論語・学而/陽貨 より:

 子曰 巧言令色 鮮矣仁
 子曰く、巧言令色、鮮(すく)なし仁

言葉巧みにおべんちゃらを使い、人から好かれようと愛想を振りまく。そのような者に真の仁者はいない。

それと対句のように扱われるのは、論語子路 より:

 子曰 剛毅木訥 近仁
 子曰く、剛毅木訥 仁に近し

意志が強くて果断、飾り気がなく口下手。そういう人は仁者に近い。

 

もうひとつ、こういうのも(老子道徳経・第十八章)。
 大道廃 有仁義    大道廃れて 仁義有り。
 智慧出 有大偽    智慧出でて 大偽有り。
 六親不和 有孝慈   六親和せずして 孝慈有り。
 国家昏乱 有忠臣   国家昏乱して 忠臣有り。

はて、国家昏乱の今・・・忠臣も能吏も現れないようです。どうしてこうなった・・・もしかして、教科書検定の結果、漢文の時間にここで紹介したような名句さえ取り上げてはいけなくなったのか。昭和のオヤジたちの頭の片隅に残っている言葉、大切なのもありますからね。

最近の元・水の分析屋さんの座右の銘は「暴飲暴食 鮮なし仁」。せいぜい健康管理に励みましょう。

 

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、窒素の話の続きです。

 

酸性雨 acid rain」と環境を酸性化するアンモニア

今日ではあまり話題になることもない「酸性雨」ですが、20世紀末、昭和の終わりから平成の始めころまでは、オゾン層破壊と並ぶ重大な環境問題でした(逆に、地球温暖化がようやく問題視され始めたころです)。降水を酸性化させるのは硫酸ミストなどの酸性物質。特に冬季、大陸からの季節風に乗って飛来する(i) のですが、そういう主張をするのも憚られる時代でした。

(i) 黄砂の起源は大陸奥地の砂漠地帯。大陸から砂の粒子がやってくるなら、風に乗ってやってくるしかありません。であれば、ガスやミストになっている酸性物質だって、風に乗ってやってきて当然・・・なのに、どういうわけか理解できませんが、憚られたのです。

降水の化学の初期には、雨水が土壌に肥料となる窒素をもたらす、という観点がありました(ii) 。農地への施肥や家畜その他の排泄物などが主な発生源とされるアンモニア NH3 は、ある意味、循環する肥料として、古くから注目されていたのです。アンモニアは NOx, SOx その他とアンモニウム塩を作り、エアロゾルとなって風とともに動きます。そして、黄砂に多く含まれるカルシウムやマグネシウムもそうですが、アンモニアは酸を中和する役割を果たします。

(ii) “acid rain” 「酸性の雨」という用語は、おそらくスコットランドの化学者(先進的な研究者)Robert Angus Smith (1817-1884) が使い始めたものです。彼はその著書の中で工業地帯の雨は強い酸性を示すことを明らかにし、それがイオウを多く含む石炭を燃やした結果であると述べています。ついでですが、Smith は、多くの今日の科学者たちが得ている、コンサルティングの仕事を断固拒否したそうです。

しかし、降水がどの程度の酸性になっているかを気にしているだけでは、先に進めません。酸性になった雨に何が溶けているのか、ここがスタート地点でした。酸を中和する成分も当然注目されたわけです。

アンモニアそのものは、常温・常圧では気体。無職、もとい、無色ですが、強い刺激臭があります。その水溶液は、水酸化ナトリウム NaOH ほどではありませんが、そこそこの強アルカリ性です・・・ですが、アンモニアは環境を酸性化する物質と考えないといけません・・・な~んでか?

窒素 N は 水素 H から酸素 O へと、簡単に乗り換えてしまいます

配位結合の説明で使った絵の再掲です。こんなカモが、電子大好きの酸素 O が十分にある環境にさらされたら、さっさと NO2 → NO3 と酸化が進むはずです(前回書いたように、植物プランクトンの体外は酸化的環境なのでこちらの反応が起こりやすく、それに逆らう還元的な反応の光合成は太陽光のエネルギーをもらわないと実現できません)。環境に放出された時点では酸を中和したとしても、短期間のうちに酸化されて硝酸イオンになるなら、アルカリ性だなんて主張している場合ではないでしょう。繰り返しになりますが、雨に溶けて降ってくるアンモニアは、早晩硝酸になって土壌を酸性化してしまうのです。

 

アンモニアの分析法 ―― インドフェノール法

意外に感じられるかも知れませんが、水道法に基づく水質基準(省令)にアンモニア性窒素は入っていません。なぜなら、健康影響が問題視されるのは亜硝酸性と硝酸性の窒素であって、アンモニア性窒素それ自体は(微量なら)問題ないからです。かつては「糞便性汚染」の指標でしたが、現代では死語になっているかも知れません。

水質基準の検査事項からアンモニアが削除されたのは、1979(昭和54)年のことです。飲料用水が病原菌/病原生物に汚染されているかどうかは、大腸菌を含む一般細菌を検査すれば把握できるというのが理由の一つ。また、地中/地下で硝酸が還元されて生じるアンモニアもあるなど考えると、検査項目にするには話がややこしいこともありそうです。

さらに、ネスラー試薬を用いた検査で「検出されないこと」といった基準であったはずですが、ネスラー試薬自体、ヨウ化カリウムと塩化水銀を用いて調製しなくてはなりません。飲料水ですから、水銀も「検出されないこと」なんですが・・・ということで、使わないことが望ましい。ネスラー法は廃れていきます。

さて、海洋観測で測定しようとするアンモニア態窒素の濃度は「μmol kg-1」のレベルでした。ネスラー法の検出限界は「0.05 mg L-1」程度なので、ちょっとムリです。がんばっていた観測の現場でのアンモニアの分析は、熟練を要するけれども高感度の「インドフェノール法」によっていました。

アンモニアが次亜塩素酸の共存下でフェノールと反応すると、インドフェノールの色素を作ります。その吸光度がアンモニウムイオン濃度に比例することを利用して測定します。

niftyココログ の「ベルテロー反応」の記事を参照しました

六角形のベンゼン環、その一角がヒドロキシ基 -OH になっているのがフェノール(ヒドロキベンゼン)です。これがアンモニアと反応してインドフェノールを作ります。次亜塩素酸 HClO は酸化剤で、矢印の上下にある水酸化ナトリウム NaOH とニトロプルシドナトリウム Na2[Fe(CN)5NO] は反応の触媒になっています。これはまったくの蛇足ですが、ニトリプルシドナトリウム(ペンタシアノニトロシル鉄(III)酸ナトリウム)は血圧を下げる作用をもっています。鉄 Feシアノ基 -C≡N 5コニトロシル基 -N=O 1コ が配位したところでナトリウム Na とイオン結合していますね。市販されている試薬は、2水和物がふつうみたいです。

3価の Fe への配位結合!

さて、N をはさんで亀の甲羅がくっついている姿をみると、どんな色素だろうかと思ってしまいますが、形成されたインドフェノールは酸化的条件下で青色、その吸収ピークの波長は 630 nm です。

 

インドフェノール法というすぐれた測定法はあるものの、アンモニアアンモニウム)は環境全般にも、分析室の雰囲気にも、あたりまえに存在しています。つまり、コンタミ(contamination 混入)を常に意識しなくてはいけません。試薬の取り扱い(iii) にも、測定する試料水の扱いにも、ひいては、実験室の環境にも、特別な注意を払う必要があります。測定対象のアンモニア濃度は低くて、ルーチン的に栄養物質としての窒素を測定するのであれば、得られるデータの価値に比して経費も手間もかかりすぎる・・・元・水の分析屋さんのような分析バカでないと、簡単に「コスパ・タイパが悪いですな」という結論に至ります。なので、1980年代には気象庁の海洋観測の測定項目から外れております。

(iii) 購入して初めて封を切ったフェノールでさえ、そのまま使用することはできません。試薬瓶を開けたとたんにコンタミが発生する可能性が大きいのです。きちんと蒸留精製して不純物を除き、直ちにそれをガラス製アンプルに封入したものをたくさん用意しておき、分析を始めるときにアンプルを割って使うのです。

 

次は、ルーチン的な測定が続けられている亜硝酸と硝酸の話。