alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

親潮と黒潮の間で (2)

今年の立冬は今日、11月8日。暦の上では冬です。ネット上のあちらこちらに「立冬秋分冬至ちょうど中間」と書かれているのをみかけたもので、ブツブツ言いたくなりました。

二十四節気は太陽黄経(春分点基準の黄道上の太陽の位置)で決まっています。春分0度、夏至90度、秋分180度、冬至270度、と四つに区切ることができます。問題の立冬は、太陽黄経225度。な~んだ、秋分冬至ちょうど中間で正解じゃないか・・・

いえいえ。2023年の暦では、秋分9月23日、立冬11月8日、冬至は12月22日。秋分から立冬までは46日ですが、立冬から冬至までは44日です。実は、下図に示すように、地球が太陽の周りを周回する公転軌道は楕円。近日点には1月の初めに到達するので、立冬から冬至を過ぎる頃までは公転が加速する時期にあたります(ケプラーの法則を思い出して)。

地球の公転速度は一定ではない(赤字の日数は片落としで計算)

そもそも、春分秋分でも、夏至冬至でも、一年三百六十五日を二等分できないのです。そこを黄経45度で刻んでも、うまく等分できなくて当たり前ですよね。なんで「ちょうど」だなんて言うのでしょう(ブツブツ)。

以上、立冬は太陽黄経でみると秋分冬至のちょうど中間ですが、日数的には真ん中になっていない話でした。

 

前回、混合域にある暖水や冷水について「さっさと混合する場合もあり、なかなか混合しないままに散在することもある」と書きました。今回は、基本なかなか混じらないけど、混じったらどうなるか、また、どうなると混じりやすいのか、というお話です。

 

簡単には混じらないから前線になる・・・これぞ基本中の基本

本州東方の海域には、親潮黒潮続流の間に、混じっているとは限らない「混合域」があります。で、物理量の不連続面、性質の異なるものの境界が前線、混じっていないからこそ前線も存在しております。

黒潮続流は水温、塩分のどちらについても前線を形成していて、密度についても前線でした。一方、親潮前線は水温、塩分の前線であるにもかかわらず、密度については前線になっていませんでした。

親潮前線と黒潮続流の間にある暖水や冷水はどうか。前回の海面水温の図でみたように、境界線はフラクタル的であやふやですが、簡単に一様に混じり合うまでには至っていません。そうです。水平方向の広がりが高々 1m 四方の卓上で麻雀パイを混ぜるのは簡単(i) ですが、直径が 100km のオーダーの暖水域は簡単には混ぜられないのです。

(i) ちゃんと混ぜないと、時と場合によっては官憲の介入を招く事態になりかねません。

鉛直方向でも同様のストーリー展開ができそうです。深さ 10cm ほどのグラスの中なら、カルピスも水割りも簡単に混じりますが、太平洋の水を混ぜようとするならどうか。強力な台風なら表層数十メートルをかき混ぜることができますし、冬季に海面が冷却されて生じる対流による鉛直混合は深さ数百メートルに及びます(10/27の記事参照)。でも、それよりも深いところにあるもっと密度が大きい水とは混合できません。

表層には前線があり、鉛直方向には密度成層がある。水がなかなか混じらないのは基本中の基本、それで当たり前なのです。

 

等密度の水が接触して混じると重くなる・・・キャベリング

親潮前線をはさんでその両側には、水温と塩分が全く違うのに、密度がほぼ同じ水塊が存在しています。そうした場面では思いもよらないことが起こります。極端な例を示しましょう。

水温0℃・塩分33 の水と 水温12.4℃・塩分35 の水はほぼ等密度ですが・・・

図中青い星で示した水温0℃・塩分33 の水と、赤い星の水温12.4℃・塩分35 の水はほぼ等密度で σt 26.5 です。その両者が 1:1 の割合で混合すると、水温 6.2℃・塩分34 の水ができるのですが、その密度はあっと驚く σt 26.74、0.24 の増大です。このように、低水温・低塩分の水と高水温・高塩分の水が混合して、もとの水よりも重い水ができる現象を「キャベリング cabbeling」と呼びます。海水の密度が水温と塩分のどちらについても一次の函数になってないためにこういうことが起こるのです。

※ 密度が同じ水同士は容易に混合します。実際、等密度面に沿った混合は、海洋学のいろいろな場面で第ゼロ近似=当たり前のこととして扱われます。

密度前線になっていない親潮前線で混合してできた水は、元の状態よりも重くなるので下層へと沈降するしかありません。そして沈降が生じたところには、その穴埋めですぐそばにある水が供給されます。それもまた同じ密度をもつ水・・・というわけで、水温・塩分の前線は維持されながら、等密度の水が混合し続けているのです。

 

密度成層していても塩分が逆転していると・・・ソルトフィンガー型対流

上では水平方向の現象について述べましたが、今度は鉛直方向の現象に着目します。「黒潮は水温で成層、親潮は塩分で成層」と11月4日に紹介したところですが、親潮起源の水と黒潮起源の水が重なり合う状況を考えてみましょう。低温・低塩分の親潮水のうえに高温・高塩分の黒潮続流起源の水が乗り上げたとしましょう。

上層が高温で安定しそうだが、そう簡単にはいかない

熱伝導は熱の拡散、塩分の拡散は塩類=物質の拡散で、上に書き込んだように、拡散係数には二桁の差があります。落ち着いて考えると当たり前のような気がしてくるでしょうが、物質に比べると熱の方が100倍移動しやすいのです。

さて、上層が高温で密度的には成層していても、下層の方が高塩分。境界における熱伝導で同じ水温になると、塩分のせいで密度が逆転します。境界面に小さな凹凸が与えられると、熱が塩分よりもずっと速く交換されるため、上に凸で暖められた部分は軽くなってさらに上昇し、下向きに凹んで冷やされた部分は重くなってもっと下降するはず。したがって、境界面の凹凸は不安定になって、時間とともに発達してしまうことになります。実験室で同等の現象を起こした画像をご覧あれ。

中・高生におすすめの実験です

このときの形がエノキ茸のようだとされていますが、多くの論文で「指を組み合わせたような形状」とされていました。そこで、塩分が作った指「ソルト・フィンガー Salt Finger」型の対流と呼ばれています。

 

キャベリングにせよ、ソルト・フィンガーにせよ、性質の異なる水が次々に接触したり接触面積が増大したりすることによって、混合が著しく速くなります。相異なる性質の流体を混合させるには、両者が接触するチャンスを増やすことが重要なのです。

ミキサーもマドラーも、実にありがたい道具ですよね。

 

長文で失礼しました。