alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

塩酸、硫酸、硝酸の姿 (1)

「亜」を引きずっていますが、「亜父(あほ)」をご記憶ではありませんか。

史記」に登場する「亜父とは范増(はんぞう)なり」(項羽本紀・鴻門之会)。項王(項羽)が最も敬愛した軍師、参謀の名です。

 

「鴻門の会」の見せ場:

 范増数目項王 舉所佩玉玦 以示之者三 項王黙然不応

 范増 数(しばしば)項王に目し、佩(お)ぶる所の玉玦(ぎよくけつ)を挙げて以て之に示すこと三たびするも、項王黙然(もくぜん)として応ぜず。

ここが沛公(劉邦)を葬り去るチャンスとみた范增は、項王に繰り返し「斬れ」と目配せしますが、項王は動きません。

そこで范增は配下の項荘に、ご挨拶したあとで「軍中ゆえ何のお楽しみもないので、剣の舞などご覧に入れましょう」とか言って、機を見て沛公を斬れと命じます・・・

 荘則入為寿 寿畢曰 君王与沛公飲 軍中無以為楽 請以剣舞 項王曰 諾

 項荘抜剣起舞 項伯亦抜剣起舞 常以身翼蔽沛公 荘不得撃

 荘 則ち入りて寿を為し、寿畢(を)はりて、曰はく、「君王沛公と飲むも、軍中に以て楽を為す無し、請ふ剣を以て舞はん」と。項王曰はく、「諾(だく)」と。

 項荘 剣を抜き起(た)ちて舞ふも、項伯も亦た剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を翼蔽(よくへい)し、荘 撃つを得ず。

沛公の軍師の張良と縁があった項伯(もちろん項王の配下)が危険を察して、剣の舞に加わり、沛公をかばい続けます。

緊張みなぎる宴会場に張良に呼ばれた樊噲が入ります。項王は酒と肉を与え、飲みっぷり・喰いっぷりに感心。「壮士なり、能く復た飲むか」と。樊噲は「臣死すら且つ避けざるに、卮酒 安くんぞ辞するに足らん」と応える。そして「この地で項王の到着を待っていた沛公を斬ろうとされるとは何ごと!」 項王は返す言葉がない。

そうこうしているうちに、現代でもありそうなことですが、沛公はトイレに行くふりで脱出します。亜父・范增の計略は失敗に終わったのです。

 曰 唉 豎子不足与謀 奪項王天下者 必沛公也 吾属今為之虜矣

 曰はく、「唉(ああ)、豎子(じゅし)、与(とも)に謀るに足らず。項王の天下を奪ふ者は、必ず沛公なり。吾が属 今に之が虜と為らん」と。

范增は「ああ、小僧め! 一緒に大事を謀ることなどできぬ。お前のものになるはずの天下を奪う者は、まちがいなく沛公なのだ。我が一族も、やがてこいつの虜にされてしまうだろう」と悔しがるのでありました。

「唉豎子不足与謀」という亜父の歯ぎしり。これはと見込んでいた若手に期待を裏切られてしまった大ベテランの嘆き、と言ってしまっては安っぽ過ぎるでしょうか。

 

おっと、今回も「つかみ」になってるかどうかさえ定かでない話で 1100字。まあ、いいじゃないですか。

 

知っているつもりだけど・・・ね

溶存酸素の測定法における「ヨウ素デンプン反応」、リン酸塩・ケイ酸塩の分析法における「モリブデンブルー」。いずれも正体不明のまま、分析法の「キモ」である「色のある物質」の地位を、長きにわたって務めて参りました。何者なのか分かるものに置き換える試みは「改めて益なきこと」。うまくいくなら「まあ、いいじゃないですか」ということで、そのまま利用されてきたのです。

教科書に必ず出てくる物質でも、分子レベルでどんな構造になっているか、よく分からない。そんなの、よくあるものです。塩酸や硫酸のことだって、教科書にどのくらい書かれているでしょうか。実際、はっきり分かってないことがあったり、説明するには難しかったり、で、スルーしてあるんじゃないかと思います。知っているつもり、で、何となくやっているんですよ。

そこで、元・水の分析屋さんは、学校で教えるようなこととは関係ないことにして「こう考えればいいんじゃないか」のレベルでの理解を紹介しておこうと思います。

 

塩酸のこと、分かってますか?

では、一番簡単そうな形の塩酸をみていきましょうか。

塩酸は、塩化水素 HCl の水溶液です。水素 H の価電子は K殻の 1コ。ハロゲン元素の塩素 Cl は、オクテットに1つ足らない 7コ。ピッタリ共有結合できちゃいます。

塩化水素 HCl はイオン結合ではなくて共有結合

塩酸は、後述する硫酸や硝酸のような「何らかの非金属の酸化物」ではありません。酸素を認識する上で多大な寄与のあったラヴォアジエさえも、塩酸が何かの酸化物ではないかと考えて、塩酸から酸素を取り出そうとしたそうですが、もちろんムリでした。

で、この塩化水素は水溶液中で次のようにほぼ完全に (100%) 電離します。早い話が、塩素イオン Cl- の根性が足らないので (弱い塩基だということ)、いともたやすく H+ を手放してしまうわけです。

 

むき出しのプロトンではなく、オキソニウムイオンとして存在

ご覧のとおり、上の反応式の両辺をどのようにつついても、O2 が出てくる余地はありません。それでも、水素イオン H+(オキソニウムイオン H3O+)を出してくれるのだから「酸」である。

これで十分困ってますよね。次は硫酸で困ってみましょう。