alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

北太平洋でできる一番重い水

おおごとじゃ、おおごとじゃ。リマン海流がホントに明瞭な流れなのか、とかでブツブツ言っていたところ、もっとずっと大胆な奴を発見しました。以下、引用です:

-------------------------------------------------------------------------------

五島列島対馬海流リマン海流の潮目となる場所
リマン海流長崎県五島列島近海で対馬海流とぶつかります。
日本海は深度が200mと浅く、太陽光が届きやすいため、大陸などの河川から流れる植物性プランクトンが繁殖しやすい特徴があります。結果、魚が集まりやすくなります。

https://totomon.fish/magazine/liman/ より)

-------------------------------------------------------------------------------

リマン海流は、間宮海峡付近からユーラシア大陸に沿って日本海を南下する海流(あまりあてにならない Wikipedia より)・・・のはずですが、対馬海峡を通り抜けて、九州の西にある五島列島近海に達して、対馬海流とぶつかって潮目となるだって!?

日本海の深度が200m? はぁ? 対馬海峡の深さであれば、一番深いところでも200mもないはずですし、日本海の深さは平均で1700m以上、最深部では3700m以上ありますよ。どこの深さのことを言っているのでしょう。「大陸などの河川から流れる植物性プランクトンが繁殖しやすい・・・」に至っては何を説明したいのかまったく理解できません。

結果、魚が集まりやすいかどうか、全然分からないのは、元・水の分析屋さんだけではないでしょう。ああ、困ったものだ。責任者出てこ~い・・・って漫才がありましたね。

 

さて、今回は σt 26.8 の水のことを詳しく・・・でしたが、ある程度の深さにある水には水圧がかかります。となると、水温 t の代わりにポテンシャル水温 θ (i) を用いた「ポテンシャル密度」で語るべきでした。なので、ここから先は σθ 26.8 のように書くことにします(ストーリー展開が変わるわけではないです)。

(i) ポテンシャル水温 θ は、水圧がかかった状態の海水を、断熱的に海面まで上昇させたときの温度。これを計算すれば、圧力による温度上昇分を除去できます。気象学の世界でいう、気塊を断熱的に 1000 hPa までもってきたときの温度「温位」にあたります。

※ 変なものみつけたおかげで、オープニングで1000文字以上使ってしまいました・・・ブツブツブツブツ・・・

 

北太平洋全体をめぐる北太平洋中層水

前回は、本州東方海域の南北方向に走る二つの断面図で σθ 26.8 付近の塩分極小層を観察しました。親潮黒潮の間にある水が、東へと流れていくうちに徐々に混合して、その塩分極小層をもつ「北太平洋中層水 North Pacific Intermediate Water (NPIW と略記)」を形成するのでしたね。

では、このNPIW、どのくらいの広がりをもつのでしょうか。下の図をご覧ください。

塩分極小層は北太平洋のほぼ全域でみられる

図中一番低塩分の海域はオホーツク海からベーリング海の西側で、南側ほどだんだんと高塩分になっているのがわかるでしょう。低塩分水の供給源はオホーツク海にあったのです。また、等塩分線の形状から、北海道南方・本州東方の海域から、うっすら描いておいた破線矢印のように、時計回りに循環しつつ、北太平洋の中緯度域全体に広がっている様子がうかがえます。

800m深あたりに S~34.1 の塩分極小!

11/4 に出てきた黒潮域の水温(ポテンシャル水温です)・塩分鉛直分布図を再掲しました。800m深あたりに塩分34.1くらいの極小があります。数値データをのぞき見したら、800m深の水温は 5.756℃、塩分は34.044。σθ 26.828 になってますね。観測点の位置は黒潮続流よりも南側の33°N-147°Eですから、上で述べた時計回りの循環がぐるっと回って、西向きに戻ってきたところをとらえているようですね。親潮黒潮とが出会ってできた NPIWがここまでやってきたのです。そして、さらに塩分 が 34.2-3 にまで高くなった領域は再び本州南岸へと連なり、もう一度黒潮として流れていきます。黒潮水の長旅、輪廻転生です。

 

北太平洋で海面から潜り込む水の中で最も重い水

次に、中層の水を冷たい側からたどってみます。

100m深付近に水温極小、その下層は500m付近に水温極大!

親潮域の水温・塩分鉛直分布図も再掲しました。水温だけ見ていると、そこらじゅうで密度が逆転していそうですが、塩分が単調増大していることにより成層しているのでした。

さて、100m深付近の水温極小は何者でしょうか。10/27の記事に書いたように、冬季に海面から冷却されると、冷えた水が重くなって対流を生じ、表層混合層が発達します。春季以降は、下層の水よりも軽い海面の水が温められ、もっと軽い水ができて海面付近だけ昇温します。その結果、冬季の混合層の底にあった冷たいところが残って、水温極小層になります(この図の観測点での極小水温は 1.61℃)。この極小は「中冷水 Dichothermal Water」とよばれるものです。

一方、それよりも下の層では深さとともに徐々に昇温、500m深で 3.43℃の水温極大になっています(塩分は34.113 で σθ 27.137、NPIWよりも重い!)。中間の層が暖かいので「中暖水 Mesothermal Water」とよばれます。

東経165度線の水温断面図だけ再掲

前回登場の東経165度線、水温断面図だけ再掲します。ここでは緑の破線で囲った 47-49°N あたりに注目してください。100m深付近に2℃以下の中冷水、その下層に3℃台の中暖水があることがわかるでしょう。中冷水と中暖水は北太平洋の亜寒帯海域ではあたりまえにみられるものです。

※ 塩分が下層に向かって単調増大することで成層しており、中冷水と中暖水の構造を持っているのが親潮水(亜寒帯水)の特徴である、と考えてよいと思います。

中冷水は冬季表層の鉛直混合が起こるたびに作られますが、海面よりもずっと下層にある中暖水は、どこかから補給してもらわないと維持することができません。これについては、黒潮の影響を強く受けた中層水が、日本東方海域からアラスカ湾北部へと、輸送されることで維持されていることが解明されています(ii)

(ii) 上野洋路 (2010):北太平洋亜寒帯の海洋構造と動態の解析研究.海の研究, 19(6), 301-315. 

 

中層水は、北太平洋において海面から潜り込む海水の中では最も低温で密度が大きい海水です。海面で溶け込む酸素や表層に豊富な栄養塩を下層へと運ぶ役割を担っていると考えられています。

NPIWを特徴付けている塩分極小が維持されていることは、低塩分水が補給され続けていることを意味します。その供給源はオホーツク海にありました。オホーツク海の沿岸域で特に豊富な鉄分(栄養塩とともに生物の成長を支える元素です)も、北太平洋の中層へと輸送されているはずです。

また、亜寒帯域で中暖水が維持されていることは、暖水が補給され続けていることを意味します。こちらの供給源は黒潮水の影響を受けた亜熱帯域の水でした。

 

本来のネタは2000字ほどで済みましたね~ それでは~