alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

親潮と黒潮の間で (1)

「水塊 water mass」とは、水温、塩分、溶存酸素量、栄養塩濃度などがほぼ一様な水の塊(かたまり)のこと。海の物理屋さんたちのいう水塊は、たいてい水温と塩分で定義されますが、元・水の分析屋さんは化学屋なので、溶存酸素量や栄養塩濃度も気にします。とはいえ、物理屋さんの見解は基本であるだけに応用範囲も広く、化学屋の話までは聞かなくてすむことが多いようです(チクショーっ!)。で、親潮水は低温・低塩分、黒潮水は高温・高塩分の水塊です、で済ませておきましょう。

※ 立ち入った話をするには基準の値を示さないといけないでしょうが、ここはブツブツ言ってるレベルの話ですから、まあ、いいじゃないですか。

「海洋前線 oceanic front」とは、海洋における物理量の不連続面、性質の異なる水塊の境界。前線は境界なので、それをはさんで水温が違っていたり、密度が異なっていたりします。気象学の前線も、気団の境界です。気団は気温と水蒸気量がほぼ一様な空気の塊。うんうん。

 

では、親潮黒潮の間の複雑な現象のお話です。

 

親潮前線は密度前線ではない

前回登場の「釧路南東線(KS Line)」は、北海道・釧路沖から南東方向に伸びる観測定線で、親潮域から始まって黒潮続流を横切るように設定されています。函館海洋気象台所属の観測船「高風丸(i) が2005年春季に観測した海面の水温・塩分の連続記録がこちら。観測された時期の旬平均100m深水温分布図とともに示します。

(i) 函館海洋気象台は平成25年(2013年)10月に気象庁の組織改定にともない函館地方気象台になりました。観測船「高風丸」は、それに先立つ平成22年(2010年)3月31日に役目を終えています。

(左)sigma-t は水温・塩分から計算された値 (右)KS線は赤い実線

※ 100m深水温図は親潮水、黒潮水の判別に利用されます。黒潮続流は、100m深水温分布図で15℃くらいの等温線が混み合っているところ。親潮域は、5℃以下の領域が千島列島方面から連なった部分です。

なお、ここで用いた図は、気象庁のサイトから2010年ころに取得したものです。解析に用いる数値モデルが更新されているので、現在掲載されている図とは多少異なるところがあると思います。

右側の100m深水温でみると、KS線の北緯37度付近に黒潮続流の端っこが引っかかっており、北緯40度付近に親潮水が見えているようです(これは旬平均の図で、日々の海面水温・塩分の場と位置関係がそろっているとは限りません)。左側は上から順に海面の水温、塩分、密度(σt )を緯度に対してプロットしたものです(右が北)。赤の点線で囲んだところで水温が4℃くらい、塩分が0.3くらい変化しており、σt が1ほど増大しています。これは黒潮続流の位置に対応しています。一方、北緯39度のやや北、青い点線のところは親潮前線のはずですが、水温が約4℃、塩分は1.2近く急降下しているのに、σt はほぼ連続した値となっています。

そう、黒潮続流は水温でも塩分でも密度でも前線を形成していますが、親潮前線は水温も塩分も急変しているのに、密度については前線になっていないのです。

※ 密度前線でないことは、地衡流としての流れは生じないと考えてよい材料です。親潮続流の流れは黒潮続流に比べるとずっと弱いであろうと想像できます。

 

混合域は熱と物質の交換の場・・・ブツブツが止まりません

親潮前線と黒潮続流の間には、親潮域を起源とする冷水、黒潮続流から切り離されて北上する暖水(暖水渦あるいは暖水塊となる)、津軽海峡から流出する津軽暖流起源の暖水などが分布し、さっさと混合する場合もあり、なかなか混合しないままに散在することもある、といった、ややこしい状態の海域が存在します。「混合域 Mixed Water Region」と呼ばれてはいますが、よく混合しているわけではありません。こんな話ではモヤっとしてしまうに違いないですが、そのモヤモヤ感を2020年3月の海面水温図に乗っけて概観しましょう。

「W」は暖水、「C」は冷水があるところ

注目している海域は、3月ならまだ冬のつづき。冬季の鉛直混合により、海面水温と100m深水温がほとんど等しくなった名残で、水塊の配置をかなり忠実に表現してくれているでしょう。比較的濃い青で示されているのは親潮域、北向きに張り出した黄色いところの縁を黒潮続流が流れています。

親潮域でおかしくない海域に、おそらくは黒潮続流域からちぎれてできた暖水域「W」があります。また、その間をかいくぐるように南下したのか、親潮域起源に違いない冷水域「C」がみえます。

※ 等温線が引けそうにないくらい境界線がモヤモヤしておりますが、これは11/2の記事にも書いておいた「フラクタル的な様相」です。これは自然界の摂理でしょうから、この海域に限らず、この時期に限らず、そこかしこで常にみられます。

こうした暖水域や冷水域は、混合域内でランダムにも見えるような複雑な動きをしつつ、周囲の水との間で熱や物質をやり取りしながら縮小していきます。この下線のところがキーです。熱と物質のやりとりが進行中の海域だから、溶存酸素も栄養塩も豊かな親潮水と、プランクトンの成育に適した水温をもたらす黒潮水が共存しており、二つの水塊の間の性質を持つ水も存在する。こうして二つの水塊から得られる恵みをたっぷりと受け取ることができるのです。

暖流と寒流が出会う「潮目」だから豊富なプランクトンが集まり、二つの海流に生息する魚も集まる。水塊の間での熱や物質の交換について何も述べないままに、二つの海流がぶつかり合うので、暖流の魚も寒流の魚もとれる、と説明する中学受験用の知識がどれほど薄っぺらなものか、教育に携わる皆さん、しっかり考えていただきたいです。

 

次回は「親潮黒潮の間で (2)」の予定。微細な構造に踏み込んで「キャベリング」と「ソルトフィンガー」について書きたいと思います。