alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

リマン海流は実在するのか?

2024/02/24 読売新聞によるストーリーより
東京電力福島第一原子力発電所の処理水海洋放出を巡り、日中両政府が専門家による協議を今年1月に始めていたことがわかった。日本は、科学的根拠に基づく議論を通じて中国側に処理水の安全性を粘り強く訴え、中国による日本産水産物の輸入停止措置の撤廃につなげたい考えだ。
複数の日本政府関係者が明らかにした。1月の初回協議はオンラインで行われた。日本側は外務省のほか、経済産業省原子力規制庁東京電力の担当者などがメンバーとして参加した。
周辺海域の海水や魚類などのモニタリング(監視)のあり方などを巡って両国の溝が埋まらず、現状、輸入停止措置の撤廃は見通せていないという。処理水の海洋放出に対する中国国内の反発も踏まえ、「静かな環境で実施されるべきだ」(外務省幹部)として、開催したこと自体公表されなかった。

2025/02/25 北海道新聞 社会面より
東京電力福島第一原発で、処理水の海洋放出が始まって24日、半年となった。東電は昨年11月までに計3回、約2万3400トンの放出を終えており、現在は今月中に予定している4回目の放出に向けた準備を進めている。2023年度は4回で約3万1200トン、24年度は計7回で約5万4600トンを放出する。

 

福島県漁業組合連合会には「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と約束していたはずですが、反対を押し切る形で放出を開始。その後は既定路線なので、特に断りもなく継続。でも、水産物の輸入停止は痛すぎるので、中国の領海やEEZに放出するわけでもないのに、中国とはこっそり協議

 

トリチウム水放出とそのリスク評価については、2023/10/02 と 10/04 に書きました。IAEA に評価してもらったとおりに正しく管理放出するなら、体内被ばくの「可能性はゼロではないが、リスクは極めて小さい」といえます。でもね、国内的にはもう決まったことだから・・・で、対中国になると協議の対象にせざるを得ないのですか? 「中国国内の反発」って言いますが、彼の国からの観光客たちは海産物もいっぱい食べているご様子。彼ら・彼女らは中国国内の人じゃないとでも???

♫ 筋のとおらぬことばかり~ ♫ みっともないからおよしなさい~

 

今回は久々に海洋の話題、日本海の海流のことを。

 

間宮海峡埋め立て計画

1920年代のこと、日ソ(i) 両国の科学者・専門家は間宮海峡の埋め立てについて、大真面目で検討していたそうです。確かに、幅7kmほどで深さは10mもない海峡。大きな船は航行できないし、陸続きでもないので交通不便このうえない。地域発展の妨げだ、いっそのこと埋め立ててしまえ・・・ですね。

(i) 日本と「ソ連ソヴィエト社会主義共和国連邦」のことです。小学生のころ、この長い国名を噛まないで言えたら、いい感じにエラかったと記憶しています。

日本海、水の出入りは限られています

日本海の出入り口となる海峡の諸元をまとめてみました。宗谷海峡なら軍艦なども航行できるけれど、間宮海峡は・・・と考えると、いらないことになるのでしょう。

ソ連側は、海峡を埋め立てて鉄道を敷くつもりでした。アムール川流域からサハリンにかけての石炭、油田、鉱物、森林などの開発が容易になり、一大工業地帯が作れると考えていたそうです。同時に、アムール川の水を埋立地の南に流すことで土地改良が進むうえ、利用価値が低かった海峡に代わる水路を得て水運も向上という、欲張った計画でした。日本側も資源開発の話には大いに興味があったと想像できます。

結局話は動かず1940年代。小樽新聞(現・北海道新聞)社長で、後に国会議員になる、地崎宇三郎の登場です。地崎は、間宮海峡を埋め立てることで、寒流「リマン海流」が日本海に流れ込むのを封じて、海水温を上昇させるつもりでした。

地崎たちが考えていた日本海には、北からは寒流のリマン海流が、南からは暖流の対馬海流が流れ込んでいて、このリマン海流を閉じ込めてしまえば日本海流入するのは暖流だけになり、海水温が上昇すると考えた。海水温が上昇すれば北日本、特に北海道の気候が温暖化して、農業の大規模な改善が見込まれ、北海道は大穀倉地帯になる、とまあ、大風呂敷を広げたと言えばよいでしょうか。

もちろん、「そんなのダメじゃん」なのですが、どうしてダメなのかをはっきりさせておかなくてはなりません。

 

リマン海流は実在するのか?

どうしてダメかって・・・間宮海峡を通じて日本海流入する水の量は無視できるからです。リマン海流の源流域は間宮海峡付近でなくてはなりませんが、そこに入ってくる水がほとんどないのに、どうして気候を寒冷にするだけの立派な海流が流れ出せるのか、説明せぃ! ってなります。

リマン海流は流れてないし、対馬暖流もどこにいったのか・・・

気象庁によるほぼ最新の旬平均海流図。「寒流」が元気になりそうな季節なのに、沿海州に沿って南下する流れはありません。もし間宮海峡付近から南下する海流があるのなら、それと釣り合うだけの水が間宮海峡付近に北上しなくてはなりません。図を見ればお分かりいただけるでしょうが、北海道の西方を北上する流れはごく弱いもので、明瞭なリマン海流を形成するほどの輸送量は見込めません(海底から湧き出すとかはナシです)。沿海州付近で冷えた水が分布しているだけじゃないのですか・・・当然、流れてない海流を閉じ込めることはできません。補償流となる対馬暖流が北上することもありません。

ハートの女王さま、頭しかないチェシャ猫の首を刎ねろと命じてもムリでした。ダメなんですよね~

 

知識を植え付けられる受験生の皆さん

それでもリマン海流は、小学校の4年生か5年生の社会科で登場します。中学2年生で海流について学ぶ時に出てきて、時に高校の入試でも出題されるようです。受験対策みたいな情報としても簡単に見つかりますので、いくつか紹介します。

典型的な登場のしかた(左)と無理矢理の覚え方の例(右)

昨年10月末ころ、「日本海流」「千島海流」にイチャモンをつけようとして掲載した図とほぼ同じですが、リマン海流まで入試に出てくるのだから、よほど大切な知識なのでしょう(元・水の分析屋さんとしては、教科書に出ているからと言ってこんなことで苦労させたり/したりしてはいけないと感じております)。

上図左は教科書・参考書でおなじみかと。右は「オ:親潮」「リ:リマン海流」「ツ:対馬海流」「ク:黒潮」す~と覚えましょうという、元中学校教師さんのオススメでした。もっと踏み込んだ覚え方もありました。私が加工するとせっかくの持ち味をなくして申し訳ないから、ムリヤリ感が半端ない覚え方の部分をまるっと・・・

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まず千島海流親潮)、これはよくある親は偉いから上でOKです。
あとは親は金持ちだからを持っていると続けます。
子供は親が怖いから親と反側をにのって進みます。
馬に乗って、というのがミソですよ。対島とはならず対馬で覚えられます。
日本海流黒潮)は南の島から真っに日焼けした人が日本にやってくる、です。
残りの一つ、リマン海流、これがなかなかの曲者でして…
思い浮かばないので北からサラリーマンがやってきた、としました。
そしたら素直な娘さん、リーマン海流が頭にこびりついてしまいました(ガーン)

アメブロ:「天然ハナちゃんT大への道(仮)」)

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流れてるかどうかも怪しいもんだが・・・の海流の名称ごときで、柔軟なはずの受験生世代の脳みそを痛めつけるのは忍びないです・・・ああ、ブツブツ。

 

日本海の話、続きありです。

 

正多面体と愉快な仲間たち

選挙での票を目的に特定の団体とお付き合いするのは好ましくない・・・と書いてみましたが、どう思われますか。確かにそうだとお考えの方でも、某与党と某宗教団体との話なのか、某野党と某労働団体との話なのか、で意見が違ってくるかも知れませんね。

差別発言を連発する議員をたしなめることさえない某政党。所属党は金権選挙を批判しているのに選挙区で金品をばらまく某議員。皆様のご意見、まさか、ぐらついたりはしないでしょうね?
理屈っぽいと嫌われるかも知れませんが、「どんな〇〇についても」とか「ある××が存在して」とか、そういう考え方、それを扱う言葉は大切にしなくてはなりません・・・数学の話(ε-δ論法)でなくても、です。理屈が通じないところでは、まっとうな議論はできないですから。

 

では、正多面体の話の続きと参りましょう。

 

オイラーの多面体定理と正多面体

前回登場した正多面体は、正四面体と正八面体の二つだけでしたが、正多面体は全部で5種類あって、その5種類に限ります・・・これだけでは暗記するだけと言われそうなので、オイラーの多面体定理を使った証明をひとつ紹介しましょう。元・水の分析屋さん的には aha! があって美しい証明だと思っているものです。

 

正多面体は、すべての面が合同な正多角形でできていて、一つの頂点に集まる面の数はどの頂点でも同じです。言うまでもなくオイラーの多面体定理(V-E+F=2)は成り立っています。そこで、仮に、正多面体の面が正 n 角形で、各頂点に f 枚の面が集まっているとすると、こんなことが考えられます:

式変形に手間取ってしまいましたが、なんとかなったみたいです

(*)多面体全体で正 n 角形が F 枚あるので n×F の辺があるとしたいが、これでは全部ダブって数えているので2で割る。また、全部でVコある頂点それぞれから f 本の辺が出ているから f×V の辺があるとしたいが、やはり全部ダブって数えているので2で割る。前回書いたとおりで、あるものはすべて数え尽くす、同じものを何度も重ねて数えない。だから、二度数えたのが分かっているから2で割る。簡単なことのはずです。

元・水の分析屋さんとしては、整数が満たすべき不等式に持ち込む、赤字にした不等式が aha! なのですが、いかがですか?

それはさておき、「正 n 角形」というからには n>2 だし、頂点に集まった面の数も f>2 でなくてはいけません(そうでないと体をなしません)。よって (n-2)>0 かつ (f-2)>0 です。二つの正の整数の積が4よりも小さい組み合わせは 1×1, 1×2, 1×3, 2×1, 3×1 の5通りしかないので、(n, f) の組み合わせは (3, 3), (3, 4), (3, 5), (4, 3), (5, 3) で、それに限るということになります(i)。はい、これで Q.E.D. 

(i) 面が正3角形なら各頂点に3枚、4枚、5枚集まるもの、面が正4角形(正方形)または正5角形なら面が各頂点に3枚集まるものが可能で、それ以外にはないということです。

この結果を V, E, F の関係と一緒にまとめてみましょう:

美しい規則性が見えていますね~

正六面体(立方体とも)と正八面体は、辺の数が同じですが頂点の数と面の数が入れ替わっています。ということは、正六面体の各面の真ん中をつないでいくと、正八面体が現れるのではないでしょうか・・・

正六面体と正八面体との双対 dual 関係

たしかに、上図のように正六面体からは正八面体が、正八面体からは正六面体が登場します。図示するのは煩雑なのでやめておきますが、正十二面体と正二十面体でも同様で、各面の真ん中をつないでいくと、正十二面体と正二十面体とが入れ替わります。これが正多面体の「双対 dual 関係」です。

これらはどちらの組み合わせでも、 (n, f) の組み合わせが (f, n) に置き換わっています。だとすれば、(n, f)=(3, 3) の正四面体は (f, n)=(3, 3) の正四面体と対になっていると考えるのがよさそうです。これを「自己双対 self-dual」といい、もちろん、正四面体の各面の真ん中をつないでいくと、小さな正四面体が出てきます。

 

いろいろな鉱物の結晶 crystal?

正多面体の構造になっているものをいくつか紹介します。

蛍石(フローライト fluorite)

光学レンズなどにも使われる蛍石は、フッ化カルシウム CaF2 を主成分とする鉱物で、正八面体あるいは正六面体の結晶 crystal として産出します。

天才の石だそうです・・・パワーストーン

立方体と正八面体がが折り重なっている様子が見えています。ご多分に漏れず、混じり物によって様々な色になるそうです。

〇 黄鉄鉱(パイライト pyrite)

黄鉄鉱は鉄とイオウでできた鉱物。金色に輝くけれども、もちろんそんな価値はありません。ロバの金、愚者の金と呼ばれて蔑まれていますが、結晶がきれいなことでは人気を博しているようです。化学組成は FeS2 ですが、必ずしも一様にはなっていません。

パイライト:五角形の面が見えている結晶(左)と正六面体の結晶

「正」とまでは言えないけれど五角形の面が見えるのは面白いですね。上にあげたもののほか、八面体で産出することもあるそうです(私は見たことない)。

ホルミウムマグネシウム亜鉛合金による「準結晶 quasi-crystal」

人工的なものですが、ホルミウムマグネシウム亜鉛合金(Ho-Mg-Zn)の準結晶はみごとな正十二面体。正五角形で平面を埋め尽くすことができないのと同様、正十二面体だとどう考えても空間を充填することができないのですが、タネから外向きに成長させてできたものみたいです。

結晶については古い知識で育った私たちにとって衝撃の正十二面体

 

5種類しかない正多面体、数学を使って整理できる構造でした(しかも、中学生が理解できるレベルです)。海洋でふつうにみられる錯イオンにも、地中から掘り出される鉱物の結晶にも、同様の構造があるところが興味深いですね。

 

準結晶」の話はまた今度。

 

錯イオンと正多面体

中学生の数学で出てくるらしい「オイラーの多面体定理」を覚えていますか?

世界で2番目に美しい公式(1番目は 1, i, e が出てくる有名な式です)

どれを足して何を引くのか分からなくなった人も多いでしょうが、中学生向け受験対策のサイトによると、この式は、移項した形で「辺は帳面に引け」って覚えるんだそうです(初めて知った今知った)。驚きですが、これを「辺=頂・面 2引け」と読む・・・(辺 E)=(頂点 V)+(面 F)-2 う~ん、なるほどね。でも、こんなことやっているから、丸覚えすることが増え続けるんですよ。数学まで暗記科目にしたら負けです。

「どれかとどれかを足して2を引けばもう一つに等しい」ことだけ覚えてれば、簡単な例で思い出せます。三角柱など、間違えそうにない多面体の絵を描いてみましょう。

エエかげんな記憶からでも正解を思い出せる・・・

※ あとで正四面体を登場させるので、ここは三角柱を例にしました。上下の面が三角形なので、頂点は6コ(3×2=6)。辺は上下に三角形二つと対応する頂点を結ぶ3コで9コ(3×2+3=9)、面は上下の2コと側面ぐるりの 3コで5コ(2+3=5)。あるものはすべて数え尽くす。同じものを何度も重ねて数えない。簡単なことです。

あらゆる凸多面体でこんな関係が成立する・・・頂点、辺、面の関係には深~い秘密があるだろうと想像できますね。特に高い対称性をもつ「正多面体」だと、一層美しい関係が成立すると期待できます。実際、結晶の分類なんかは正多面体の理論と深く結びついています。元・水の分析屋さんは、このようなことを期待するのは、好きで勉強している人間の特権だと思います。

 

今回はいくつかの錯イオン complex ion を例にして、正多面体との関連を考えていきましょう。

 

立体構造を気にしましょう

錯体 complex、錯塩 complex salt とは、 配位結合や水素結合によって形成された分子/原子の集団の総称です。「集団」とは結構イイカゲンな言い回しですが、あまりガチガチに考えない方がよい。前回登場のテトラアクア銅(Ⅱ)イオン [Cu(H2O)4]2+ は、Cu を中心に配置した正方形の頂点に4つの H2O で構成されていますが、図には正方形の張る平面の上下にあと2つ H2O がありました。それなのに「ヘキサ (6)」ではなくて「テトラ (4)」だったのはなぜか。集団に属していないと見なすべき理由があるのですが、ともあれ、あと2つの H2O の役割についても考える必要がありそうです。

さて、遷移元素のイオンには、水 H2O,  アンモニア NH3, シアン化物イオン CN- などなど、極性のある分子やイオンが容易に配位しますが、配位がいくつでも起こるわけではありません。配位数は一般に2~9と言われていて、特に、2, 4, 6 のものが多いとされます。  いくつかの例を示しましょう。

図中の「L」は「配位子 Ligand」を表します

錯イオンの配位数は金属イオンの種類によってほぼ決まっています。銀イオン Ag+ なら2、ニッケルイオン Ni2+、銅イオン Cu2+亜鉛イオン Zn2+ は4。鉄のイオンは2価と3価の Fe2+, Fe3+ がありますが、配位数は6ときたもんです。いずれも遷移元素のイオンを中心にして、周囲に配位子がバランスよく配置されています。ただし、4配位だけは正方形の場合と正四面体の場合があります。立体構造としては正四面体になる方がよいように思われますが・・・

テトラアクア銅(Ⅱ)イオン [Cu(H2O)4]2+ を思いだしてください。4つの H2O が作る正方形の上下にも H2O がありましたね。4配位だと言いつつ、6配位の上下が縦に伸びた形をとっていたのです。そこまでを「集団」だととらえるなら、正八面体が歪んだ状態であると言えるでしょうね・・・ガチガチに考えない方がよいですね。

ついでですが、すでに四半世紀ほど前のことですが、Cu2+ が作る錯イオンは本当に4配位の正方形なのかという話は出てきていました。高校生の教科書的には、まあ、いいじゃないですか、ということみたいですが、本当は Cu2+ は配位数 4, 5, 6の様々な錯体を作るようです。上の図でも、配位子が1種類のものだけ例示していますから、「正」多面体の立体構造になりますが、異なる幾種類かの配位子に取り囲まれると、バランスも違ってくるはずですね。

今日の話とほとんど関係ないですが、元・水の分析屋さんが仕事でよく使ったのは「エチレンジアミン四酢酸 ethylenediaminetetraacetic acid (EDTA); (HOOCCH2)2NCH2CH2N(CH2COOH)2」。300に近い分子量をもつ、大きめの配位子でした。

 

次回も多面体を意識した話を続けたいかな。

 

配位結合の話

世界一短い手紙のやりとりをご存じでしょうか。「?」への返信が「!」というもので、もはや言葉は不必要、記号のみで十分に用が足りています。

これは、ヴィクトル・ユゴーが旅行先から出版社に向けて「新作の評判は?」と尋ねたのに対して、出版社から「すばらしい!」と答えたものだそうです。文豪は取材に対応するのがうっとうしいから旅行に出ており、出版社も「レ・ミゼラブル」のこと以外で連絡されるはずはないと心得ています。記号だけのやりとりでも意味を取り違えることなどない、相互理解という下敷きがあれば、たった二つの記号の交換で意図が明確に伝わるという、極めてまれな事例でした。

ところが、今の世の中では全然まれではないようです。エラい大臣閣下や議員先生が「あの件はどうなった?」と言うだけで、優秀な秘書さんや取り巻きの「なんとかチルドレン」や太鼓持ちの官僚たちが「〇〇案件」をピンポイントかつ最優先で処理してくれる。おカネのことは会計担当に「適切に処理したか?」と問えば、あとは問題など起こらないはず。ご本尊は「?」と質問しただけで、何ひとつ具体的な指示をしてないのに「!」という結果が出ます。晴れて全部誰かのせいにできる。

四字熟語、センセイ方は「以心伝心」のつもりでしょうか。「唯唯諾諾」と従うばかりで自分の意思をどこかにおいてきた皆さん、英語でも "sold his (her) soul to the devil" と表現するのだそうですよ。


2023年12月12日の記事で「共有結合 covalent bond」を紹介し、前回図のキャプションに “「配位」の説明は後日” って書いたので、今回は配位結合について。早々と「後日」がやってきたようです~

 

復習:共有結合とは

原子間の結合のうち、原子が最外殻にある電子(価電子)を互いに共有し合ってできる結合が「共有結合」。双方の原子が閉殻またはオクテットになる仕組みでした。

再掲:水、メタン、二酸化炭素の分子における共有結合

上の再掲図のように、K殻むき出しの水素原子 H は 電子2コで閉殻、最外殻が L殻の炭素原子 C や 酸素原子 O は電子8コでオクテットになっています。念のためですが、ここがポイント。貴ガス元素が不活性なのは、最外殻が閉殻かオクテットになっていて、ほかの原子と電子を融通する必要がないためでしたね。化合物でもこの原則は変わりません。化学反応には、電子のやりとりという一面があるのです。

 

配位結合とは

「配位結合 coordinate bond」は、閉殻またはオクテットを作ろうとする点では共有結合と同じなのですが、結合している2つの原子のうち一方だけが電子を提供するところが違っています。「俺、電子の持ち合わせないねん。お前の余った電子対、共有させてくれんか~」「図々しいやっちゃなぁ・・・まあ、ええよ~」的な電子共有の形態とでもいいますか・・・

例を示しましょう。窒素原子1つと水素原子3つが共有結合しているアンモニア NH3 分子が水素イオン H+ に余っている電子対を提供すると次のようになります:

できあがりを見ると、共有結合と配位結合の区別はなくなってます

NH3 分子の N は共有されていない電子の対を1つもっています。ここに水素イオン H+ (裸のプロトン)がやってきて、電子対の共有に成功。できあがったアンモニウムイオン NH4+ の 4つの H は平等に N と電子対を共有しており、どこが配位結合でどこが共有結合なのか、区別できなくなっています。

もう一つ。酸素1つと水素2つが共有結合している水 H2O 分子は、電子対を2組余らせています。水素イオン H+ に1組の電子対を提供するとこうなります:

水素イオンは、むき出しのプロトンのままではいられないようです

ここでも、できあがったオキソニウムイオン  H3O+ の 3つのH は平等に O と電子対を共有しており、どこが配位結合でどこが共有結合なのかは区別できませんね。

 

配位結合で「錯イオン」を作りやすい遷移元素

はじめて物語になってしまいますが、メンデレーエフ周期表を発表したとき、金属性の強い元素(旧Ⅰ族)と非金属性の強い元素(旧Ⅶ族)の間に、鉄、コバルト、ニッケルの三元素を一組にして配置したそうです。これが、金属と非金属の間にある過渡的な元素「遷移元素」(旧Ⅷ族)の始まり。

今の周期表では 3~12 族が遷移元素(i)ですが、第4周期の元素(スカンジウム Sc から 亜鉛 Zn)の原子について電子配置を表にまとめてみました。

(i) 1/22 に12族の亜鉛 Zn は典型金属じゃないのかとブツブツ言ったばかりですが、そうなったというのだから仕方がないです。まあ、いいじゃないですか。

第4周期遷移元素の原子の電子配置

第3周期右端、原子番号18のアルゴン Ar は、最外殻(M殻)の軌道が 3s2 3p6 と 2+6=8 コの電子で埋まってオクテットになっています。第4周期に移って、19番カリウム K、20番カルシウム Ca で 4に 1, 2 と電子が入る。で、21番スカンジウムからは 3d 軌道を満たしていきますが、クロム Cr と 銅 Cu のところは例外で、4s よりも 3d が優先になっています。たぶんですが、5つある 3d 軌道が電子1コずつあるいは2コずつで満たされる配置の方が、4s2 となって埋まる状態よりもエネルギー的に安定なのでしょう。

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、上の表に出てきた遷移元素が電子を手放して陽イオンになるときは、まず 4s 電子、その次に 3d 電子を放出します。たとえば、銅イオン Cu2+ は 4s 軌道がカラで 3d に2×4+1=9コという電子配置です。しかし、水溶液中でこうしたむき出しのイオンが安定かというとそうでもない。できることなら電子を引きつけて電気的に中性になりたい。

でも、周囲を見渡しても水分子 H2O しかない。Cu2+ は水分子の持つ電子を引き付けようとしますが、電子の所有権は共有結合を作っている酸素原子 O にあります。Cu2+ としては H2O の共有結合に使われていない電子対を貸してもらうほかないのです。

テトラアクア銅(Ⅱ)イオン

しょうがないな~、で、上の図のように、正方形の頂点に配置した4つの H2O で Cu2+ を取り囲んで(もちろん電子を供給する O が内向き)、むき出しの状態を緩和するのです(ii)。また、上下にある H2O は正方形になっている H2O より離れています・・・ということで、離れているのはこの際無視して H2O 4つ、「テトラアクア銅()イオン [Cu(H2O)4]2+」という名付けです。一方的なやりとりとはいえ電子対が関与していますから、電気的な反発力のバランスによって立体構造が決まります。

(ii) アンモニウムイオン、オキソニウムイオンのような、教科書的とでも言える、共有結合と区別できないような配位結合ではないという意味合いです。配位結合は、電子対を供出するとはいっても、すべて公平に共有するわけじゃないのが普通だと思ってください。

このようにして作られるのが「錯イオン complex ion」。アルカリ金属アルカリ土類金属なら、水溶液中ではむき出しの陽イオンとして扱って差し支えないですが、遷移元素は水溶液中では何らかの錯イオンとして存在し、そのように振る舞っています。

 

次回は錯イオンなんかの話の続き。

 

私たちの食卓にアムール川の恵み

元・水の分析屋さんの学生時代のこと、海水中の微量金属元素の濃度を測定するという研究テーマをいただいておりました。海水が相手ですから、旧Ia族(アルカリ金属)のリチウム Li、ナトリウム Na、カリウム K、ルビジウム Rbに、旧IIa族(アルカリ土類) のマグネシウム Mg、カルシウム Ca、ストロンチウム Sr、バリウム Ba なんかが、ほぼ完全にイオンとなって存在しています。

そのほかの金属元素は、原子吸光法に持ち込めば、邪魔な奴がいても何とか測定できます。しかし、鉄は原子吸光法に持ち込むまでがうまくいかなかった。十年以上も後、うまくいかなかった理由に思い当たって、自分の不勉強にちょっと腹が立ちました。分析の仕事を離れて幾年月、今でもたまに夢に出てきます。

まあ、泣き言はさておき、海水中の鉄などの測定はとてもムツカシかった。でも、最近色々なことができるようになって、新しいことが分かってきた。もっともっと先に進んでほしいと思わずにはいられません。

 

今回は化け屋さんの興味で「鉄」の話。撮ったり乗ったりするのではないですよ。

 

鉄に注目する理由(今回は三つではないです)

唐突ですが、厚生労働省お墨付きの「日本人の食事摂取基準(2020年版)」で必須ミネラルとされるもののうち、特に不足しやすいのが、カルシウム・カリウム・鉄・亜鉛の4つだそうです。今日はこの中から鉄 Fe に注目。

血液中の赤血球に含まれるヘモグロビン(hemoglobin; Hb)は、酸素の運搬を担うタンパク質。「ヘム」と「グロビン」が結合したもので・・・詳細は省略ですが、「ヘム」の中心部に配位する2価の鉄に酸素が結びつくそうです。なるほど、鉄が不足すると貧血になるというのは、赤血球のこの働きが悪くなるからなのですね。

「配位」の説明は後日

鉄分に富む食品としては、レバー、ほうれん草、ゴマなどがあげられますが、海藻類もなかなかのもの。そう、海のものだけに海水に含まれるミネラルは豊富であたりまえのはず・・・あまり食べ物の話を続けるのもどうかと思うので、ここらへんで海の話にしましょう。

表層の海水は、よほどのことがない限り酸化環境ですから、鉄は三価の鉄(赤さび)になって、粒子を作って沈殿するのではないか。pH だって海洋表層では 8くらいですから、水酸化鉄(Ⅲ)Fe(OH)3 の沈殿になりやすいはず。実際、粒子状の三価の鉄の溶解度は、海水1 L あたりナノモル nmol (10-9 mol) のレベルです・・・

さて、北太平洋亜寒帯循環域の東部、アラスカ湾方面からアリューシャン列島周辺は、ブロッカーのコンベアベルトが深層から表層に戻ってくるところ。世界でも有数の栄養塩類の高濃度域です。一方、この海域は鉄の供給が不足しており、生物生産が制限を受けていることでも知られています。鉄は、植物プランクトン光合成を行うために必須の元素なのです(光合成の電子伝達、色素の合成、硝酸還元などに必要)。この海域に限らず、世界の海洋表面積の約50%において、鉄が植物プランクトンの成長の制限要因になっているそうです・・・ってなもので、生産性が高い海域には陸上からのダスト等によって鉄が輸送されていると考えられていました。

ところが、北太平洋亜寒帯循環域の西部/下流側(カムチャッカ半島~千島列島~親潮域)は、植物プランクトンの活動が盛んで、極めて生産性が高い海域になっています。鉄が十分にあるからだというのですが、いったいどこから供給されているのか。そしてもうひとつ、一体どうして十分な量の鉄が「溶けている」のか。

 

「溶けている」のにも色々ありまして・・・

順序が逆になりますが、鉄が「溶けている」話から取りかかりましょう。

昨年 9/28 の記事で、天然に存在する元素92種のほとんどが海水中に存在していることを紹介しました。下線部分は重要で、「存在している」のだが「溶けている」かどうかはビミョー、な場合があり、鉄はまさにその代表例なのです。

もっとも単純に考えると、ダジャレ風で恐縮ですが、鉄は酸化環境で3価の鉄の粒子になったり、pH8 くらいだと水酸化鉄で沈殿したりします(Fe(OH)3 など)。周囲の粒子状物質に絡まってコロイド状になれば水中に漂うことはできる・・・といったところでしょうか。

しかし、海底に堆積するか海底へと沈降する途中で、酸素の乏しい状態におかれると、3価の鉄は還元されて2価の鉄イオン Fe2+ が溶出。これが再び酸化されて Fe3+ になる前に腐植物質(フミン酸 humic acid、フルボ酸 fulvic acid)などと結びつくと、有機錯体鉄(Ⅱ)として「溶けている」状態で存在できるようになります。すると、堆積物などの Fe(OH)3 からもっと Fe2+ が溶出できるようになる・・・この繰り返しがあるせいで、海底堆積物の表層 1 cm程度のふわふわした部分にある間隙水中には、濃度が数十 μmol L-1 にも達する「溶存態」=「溶けている」鉄があるといいます。

※ 三価の鉄の粒子は溶解度 nmol L-1 が関の山。それが μmol L-1 の桁になる。自然現象で 3桁違うことが起こっているのですから、何があるのかと興味津々です。

土壌フルボ酸の平均化学構造モデル (一例です)

※ フミン酸よりも有機錯体を作る力がはるかに強いと言われているフルボ酸だけ図示します。


フルボ酸は、腐植物質と呼ばれる天然有機物の一種ですが、ひとつの分子内にフェノール性水酸基‒OH; 青字(i) とカルボキシ基(‒COOH; 赤字)を複数持つ構造をしています。金属イオン等を配位結合で安定化させる、強いキレート効果をもっており、自然界のミネラルやアミノ酸を運搬する役割を担っています。鉄も上に書いたとおり有機錯体鉄(Ⅱ)として水中で安定に存在できるようになって運ばれるのです。

(i) これを多くもっているのでポリフェノールの一種だということになります。

ついでの話ですが、フルボ酸は生物にとって有益なことこのうえない物質です。人間が摂取すると栄養素の吸収率が高まり、身体に有害な重金属や化学物質をキレートにして体外に排出してくれるそうです。そういう触れ込みの健康食品も売られていますね・・・業者の回し者だと思われないうちにやめておきましょう。

まあ、鉄が「溶けている」話はこれで一丁上がり。

 

鉄とフルボ酸の供給源はアムール川

さて、今度は供給源の話。オホーツク海に大量の淡水を供給するアムール川ですが、運ぶのは淡水だけではありません。フルボ酸と鉄についても大きな供給源になっているようです。

アムール川の流域には湿地帯が多く、酸素が乏しい腐植物質に富んでいます。還元環境の中でフルボ酸と結びついた鉄が川に入るので、日本の平均的な河川に比べると、鉄の濃度は一桁以上高いとされています。

淡水とともにオホーツク海に入った有機錯体鉄は、塩分の高い海水と接すると沿岸域で海底へと沈降しますが、流氷を作る過程で生じる鉛直循環と(海底堆積物からも再び溶出するのでした)、オホーツク海内部の循環によって外洋域へと運ばれます。かくして、フルボ酸によって運ばれた鉄は北海道沿岸にも到達し、潮汐作用による激しい混合をともないつつ、千島列島の海峡をとおって親潮域の表層にも出て行きます。

オホーツク海親潮域への鉄の供給に関する概念図

上図に示す、高栄養塩低クロロフィル(High Nutrients Low Chlorophyll; HNLC)の海域では、鉄が不足しているために、せっかくの豊かな栄養塩をプランクトンが消費しつくすことができなくなっています。栄養塩類だけではなく、鉄があってこそ植物プランクトンや海藻類が豊かな海になる。私たちの食卓はアムール川の恩恵に与っているといっても過言ではないのでしょう。

 

地球温暖化にともなって海水の pH は徐々に低下しています。金属元素や化合物の溶解度、水酸化物の作りやすさなど、いろいろなパラメータが変化することになるはず。姿を変えながら動いている物質を追いかける化学的手法の役割はいよいよ重要になろうかと思います。

最後に。元・水の分析屋さんの不勉強とは、海水中の金属元素がどんな化学形で存在しているのか、ほとんど考えていなかったことです。海水試料を強酸性にして保存しておけば、あとは何でもOKのつもりでした。泣き笑いです。

 

なぜオホーツク海は凍りやすいのか

気象庁の観測の話になりますが、流氷初日(First date of drift ice in sight)は、「視界外の海域から漂流してきた流氷が視界内の海面で初めて見られた日」とされています。よって、海上で見つかったとしても、河川から流出した氷だと判断できればスルーします(海岸線でできちゃった「定着氷」も別物です)。気にしているのは北方から流れてきた氷です。オホーツク海側にいる観測者の視界は北向きに開けているので、視界外からやってきたものに限ると定めておけば、まあ、大丈夫としたものです。で、今シーズン、網走地方気象台は1月19日に流氷初日を観測しました(平年並の範囲)。

流氷接岸初日(First date of drift ice on shore)は、「流氷が接岸、または定着氷と接着して沿岸水路が無くなり、船舶が航行できなくなった最初の日」です。船舶が航行できるかどうかを気象台が判断する仕組みになっているのがとても愉快です。で、今シーズン、網走地方気象台は1月22日に今シーズンの流氷接岸初日を観測しております(こちらは平年並の範囲よりも早め)。

さて、がんばって定義してみたものの、これらの観測には克服できない弱点があります。視界が開けていない猛吹雪の中などでは、流氷も「視界内」には見えないのです。気象庁は観測者の目視による観測項目を、できる限り機械的な判断に置き換えようとしています。流氷初日や流氷接岸初日も、さっさと気象衛星や航空機の観測データと数値モデルの解析を総合的に判断したものにしてしまえば・・・と、元・水の分析屋さんは考えますが、どうでしょう。

ついでの無駄話。フラム号は航行できない状況で氷の上に乗り上げましたが、件のロシア船籍のタンカーは本当に単純に航行不能になりました。現場判断のミスを嗤うことは簡単ですが、流氷に関する情報、どのくらい利用されているのでしょうか。

 

流氷の話題、続きです。

 

オホーツク海が凍りやすい原因は三つ

元・水の分析屋さんの現役時代、プレゼンテーションのコツの一つとしたのが「ポイントは三つ」でした。整理すれば二つかな~と思っても、ムリしてでも三つにするほうがオーディエンスのウケがよろしいようです(常にそうだという保証はないですよ)。

オホーツク海が凍りやすいのにも理由があります。もちろん、三つです(笑):

(1)シベリア大陸からの寒冷な季節風

オホーツク海は、冬季に気温が -50℃以下まで下がるシベリア大陸に隣接しています。冬の季節風は沿岸域の海面を冷やし、作られた氷を沖合へと押し流します(沿岸ポリニヤ)。そして、流氷は風の吹き去る向きよりも右に寄って流されて南下します。

(2)反閉鎖的な海に大量の淡水補給 

オホーツク海は、シベリア、カムチャッカ半島、千島列島、北海道とサハリンに囲まれた、北太平洋の「縁海 marginal sea」。外海とのつながりが宗谷海峡と千島列島の海峡に限られているため(i)、海水の交換は極めて少ない海です。一方、オホーツク海に注ぐアムール川は世界屈指の大河。大雑把な見積もりをあとで示しますが、オホーツク海の広がりに対してアムール川からの淡水供給は十分過ぎる量です。

(i) サハリンとシベリアの間の間宮海峡タタール海峡)は、幅は最狭部で7km程度、深さも10mほど。ここを通じての海水交換は無視できます。

アムール川は大きく間宮海峡は狭い Wikipedia の図です

(3)表層と深層の塩分差(密度差)が大きい

これは(2)の結果でもあるのですが、オホーツク海の深さ50mくらいまでの表層は低塩分で低密度となっています。それよりも深い層は比較的高塩分で高密度なので、上下二層がはっきり分かれた海洋構造になっています。密度差が大きいので、混合をもたらす対流などの運動は簡単には下層まで到達できません。

EEZ なんかなかったので自由に観測していた時代がありまして・・・

上図左側はオホーツク海北部までの海面塩分分布を示しています。アムール川河口域から塩分30未満の低塩分域が広がっており、それがサハリン東岸づたいに南に伸びていますね。右側は紋別沖を北東に延びる観測ラインの水温と塩分の断面図です(2003年5月の観測)。陸から20海里(mile)離れると、水深30mあたりの水温は-1℃以下(ii)。また、塩分33の等塩分線が陸側から徐々に深層へと向かっていて、比較的高塩分の水の上に低塩分水が乗っかっている様子が分かります。

(ii) 図をみると-1℃以下の層の下に+2℃などという相対的に暖かい水があるのにお気づきでしょう。このくらいの大きさの水温逆転だと、淡水であれば密度も完全に逆転します。しかし、そこそこの塩分をもつ海水の場合、低温域においては密度はほとんど塩分に依存するので、塩分の差によって上下層の成層が保たれているのです。

まとめると、オホーツク海は50mくらいの厚さの層を十分に冷やせば凍ります。太平洋では対流が深くまで及ぶので、凍るまでに冷やす水が多すぎます。

・・・とまあ、三つに仕立て上げた理由で、すぐそばの太平洋は凍らないのにオホーツク海は凍ります。模式図をご覧ください。詳しい説明は省略しますね。

要するに、凍るまで冷やす水が少なくてすむから凍るわけです

 

 

大体の数の計算、練習問題

予告しておいたので、オホーツク海へのアムール川からの淡水供給がどんなものなのか見積もってみましょう。

まずは、オホーツク海の面積。これは探せばでてくる 152.8万km2。次はアムール川の流量。内緒ごとが多い国だけあってか(流域は旧ソ連=ロシア、中国)、信頼できる文献値が見つかりません。Wikipedia によるデータで申し訳ないですが、さすがは大河、平均で 11,400 m3 s-1(水 1m3 は1トン)。毎秒一万一千四百トン。これ、信濃川の2-30倍だそうです。この流量、11.4×103 m3 s-1 の1年分が、毎年オホーツク海に供給される淡水量。ざっと見積もってみましょう。

11.4×103×365×24×60×60 を計算することになるのですが、ここで悪巧みです。11.4×365 は 4000 に近くて、24 も 25 に近い。せっかくですから、4×25=100 を作ることにして、11.4×365×103×244×103×103×25 = 108。さらに 60×60(=3.6×103)をかければ 3.6×1011 m3ですね。

オホーツク海の面積、152.8万km2 =1.528×106 km2 =1.528×1012 m2 1.5×1012 m2

と、有効数字2桁にそろえます。あとはアムール川からの流入量を面積で割るだけです。(3.6×1011)/(1.5×1012) ・・・ 3.6÷1.5 = 12/5 =2.4 と、ここも仮数の計算は割と簡単で、2.4×10-1 m → 0.24 m → 24 cm となります。アムール川から流入する水をオホーツク海の全体に一様に広げると厚さ24cm くらいになる見当。もちろん、淡水の流入は毎年毎年、延々と続くのですから、表層塩分が低く保たれるのも当然ですね。

さらに、1/15 に書いたとおり、沿岸ポリニヤで氷ができるときには、塩分の大半が排出されてしまいます。オホーツク海に浮かぶ流氷は、塩分をあまり含んでいないのです。そして春以降水温上昇とともに氷が溶けると、ほぼ淡水となって表層に戻ります。氷の形成から溶解までのサイクルは、毎年毎年、延々と続くのですから、繰り返しになりますが、表層塩分が低く保たれるのも当然ですね。

 

風向きどおりには流れない

最初にお詫びと訂正です:

前回のメタンの生成エンタルピーを求める問題、③式右辺の「CO(g)」は「CO2(g)」の誤りでした。コピペを何度も繰り返している人「あるある」、どうか、どうか、ご海容のほどお願い申し上げます。

 

ところで、一昨日(29日)のニュースですが、ロシア船籍のタンカーが流氷に囲まれて航行不能オホーツク海、枝幸の沖合約24km(i) の日本領海外だそうです(30日夜、ロシアの砕氷船の救援によって動き出したらしい)。

(i) 領海は基線となる海岸線から12海里(NM, nautical mile; 1 NM = 1852m)の線までの海域です。24km なら 12.96 NM、確かにちょっとだけ外側ですね。

第一管区海上保安本部海氷情報センター提供の「最新の海氷速報」

海上保安庁提供の29日の海氷分布図です。タンカーは枝幸沖の赤く塗られた領域(氷の密接度9-10)につかまっていたのに違いないですが、2日ほど前(27日)の時点で航行困難となっていたそうです。だとすれば、25日か26日にはすでに現場付近を航行していたはず・・・

じゃあ、こんな天気図を見て、それでも出港したんですかね

25日と26日の地上天気図、低気圧が発達して極端な縦縞模様、「典型的な冬型」の気圧配置です。現場海域には、海上暴風警報 Storm Warning (最大風速 48kt 以上) か、割り引いても 海上強風警報 Gale Warning (最大風速 34kt 以上、48kt 未満) が出ていたはず。最大風速 25 m s-1 くらいの大荒れの中で港を離れ、避航するどころか自ら流氷域に突入したのか。いやはやなんとも・・・とあきれていたのですが、思い切りのよい船長さんならやるかも、と思い直すところがありまして(まさかまさかですが:笑)。

 

今回はオホーツク海の流氷のお話しです。

 

オホーツク海の流氷の起源

オホーツク海の流氷は、河川水が凍ってから流入したものではありません。オホーツク海の北部やサハリン(樺太)の東岸で、シベリアからの寒冷な北西風で冷やされた海水が凍って形成されます。できた氷は風で沖合へと流されるので、岸寄りの海面が開いては凍ることを繰り返しています(沿岸ポリニヤ)。海氷は厚さを増しながら南下して、やがてサハリン東岸に沿って流れる東樺太海流に乗って、北海道のオホーツク海沿岸までやってきます。

流氷科学センター「流氷ミニ百科事典」より

オホーツク海沿岸の緯度は北緯44度から45.5度ですが、同じ緯度の日本海側や太平洋側には流氷はありません。大西洋に目を移しても、北米大陸の東側のラブラドル海あたりが南限のようで、北緯50度よりも北にあるイギリスには流氷はやってきません。オホーツク海は、北半球で流氷が見られるもっとも低緯度の海なのです。

北半球の流氷分布(北海道が図の下に見えています)

※ 青田昌秋(1985): オホーツク海の流氷について.日本工業教育会誌,33-4

 

流氷の南下と東樺太海流の向き・・・ナンセンの理論

シベリア大陸から吹き出す北西季節風は、沿岸ポリニヤ域の海面を冷却して海氷を製造し、その後南東向きに吹き去ります。ところが、海面に浮かぶ海氷は、南東向きではなくほぼ南に向かって動きます。東樺太海流も、北西の季節風が強まる晩秋以降に明瞭になる流れです。風の吹き去る向きには流れません。これは、昨年 11/17 に書いた「コリオリ力」という転向力の働きによります。海面の流れは風の向きに対して右に45度ずれる、でしたね。そこでコリオリ力の「発明」物語です。海氷の観察が始まり。

ノルウェーの探検家フリチョフ・ナンセン(ii) は、1893年から1896年にかけて調査船フラム号を北極海の氷の中に敢えて閉じ込め、北極海の東から西に向かう流れを利用して、地理上の北極点に到達しようと試みました。北極点到達はできませんでしたが、フラム号はシベリア北方で氷に乗り上げてからゆっくりと西に向かって漂流、最終的にスピッツベルゲン島アンデルセン童話の「雪の女王」の宮殿はこの島にある設定です)付近に到達しました。

(ii) こんな縁起でもない名前の人が船で探検にでかけるとは、日本では考えられないことです。「難」「船」じゃありませんか。

漂流中はやることがあまりなかったせいか、北極点付近に大きな陸地はないことを発見したほか、乗員の犬ぞりの扱いが上達したとか、クロスカントリースキーの標準的な速さは荷物を積んだそりを犬が曳く速さと大差ないことを発見した(iii) とか、ある意味では極地探検のノウハウを積み上げる漂流航海でもあったようです。実際、犬ぞりで北極点に向かっています。

(iii) 人がそりに乗らないで自分でスキーを操れば、移動速度を変えることなく、その分だけ多くの物資をそりに積めるわけです。

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、ナンセンはフラム号が風下に向かって流されていないことに気づきます。氷の流れる向きは風が吹き去る向きより20~40° 右によっていたのです。ナンセンにしたがっていたエクマンは、後日、この事実を地球自転による転向力や海水の渦粘性を加味して理論付けました。海洋表層の大循環を説明する理論の骨子は、エクマンによるものです。

エクマンは、また、フラム号が氷に乗り上げる前に遭遇した「死水」現象(iv) の解明や、海水の圧縮率の研究など、海洋学の多くの分野で成果をあげました。

(iv) 高密度の海水の上に汽水が存在するような場合に、船のスクリューを回しても両者の境界面で内部波が生じて推進力にならないし、舵もほとんど効かなくなる。船乗りたちには「曳き幽霊」などと呼ばれる。

 

今日の話のオチ

北見枝幸沖での状況はともかく、流氷が次々に押し寄せる海域では、船舶がまともに航行できないことくらい、簡単に分かりそうなもの。しかも、風も強いときたものです。ロシア船籍のタンカーの船長さんの想像力はまったく足らなかったのでしょうか。

ここからは元・水の分析屋さんの不謹慎な想像。海面が流氷に覆われると、波が発達しにくくなります。風は強くても、氷にまわりを守ってもらえば、波にたたかれることはない。流氷もゆっくりとではあるけど、オホーツク海南部では東側に動いているようだし・・・もしかしてだけど~もしかしてだけど~ 流氷に囲まれて運んでもらう気でいたんじゃないの? もちろん、フラム号のように頑張れるわけはありませんでした。

漂流の終わり、フラム号の前に海面が開けたところ

流氷の話、次回も続けます。