alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

二酸化炭素の増加と海洋の変化 ― 酸性化 (1)

水の話、海水の物性、海にまつわるムダな知識、トリチウム水・・・地球温暖化温室効果温室効果ガス。話の順序がまったく整理されてないなあと思いつつ、引き続きブツブツ言います。

 

2013年ころ、「海洋の三重苦(多重のストレス要因)」「海洋の死のトリオ」など、センセーショナルなタイトルの書き物が多く現れました。横文字では "Triple Trouble - Multiple Stressors", "Deadly Trio" です。もう少し付け加えると、"Hot, Sour & Breathless - Ocean under stress" だったり、"Deadly trio of warming, acidification, oxygen loss threaten oceans" だったり。一部順序は入れ替わってますが、どちらも海洋の「酸性化」「温暖化」と「貧酸素化」のことを指しております。英語でも「酸性」になることを「酸っぱい」、「酸素がなくなる」のを「息ができない」って書く(言う)のかと、読み書きできても会話がほぼできない私、妙に感心した覚えがあります。

Turley C, Keizer T, Williamson P, Gattuso J-P, Ziveri P, Monroe R, Boot K, Huelsenbeck M: Hot, Sour and Breathless – Ocean under stress. Plymouth Marine Laboratory, UK Ocean Acidification Research Programme, European Project on Ocean Acidification, Mediterranean Sea Acidification in a Changing Climate project, Scripps Institution of Oceanography at UC San Diego, OCEANA; 2013 6pp.  ISBN: 978-0-9519618-6-5 より

 

本日は、二酸化炭素 CO2 の増加にともなう海洋の酸性化の話題。水の pH の定義から、海洋が CO2 を吸収している話まで進めます。

 

水の液性(水素イオン濃度指数 pH)

海水は濃厚な溶液。溶液反応のベースとなる水 H2O は、ごくわずかですが水素イオン H+ と水酸イオン OH- に解離します(イオンの濃度は [H+]、[OH-] のように [ ] で表します)。

右側の解離定数 Kw は、ふつうの解離平衡の式だと [H+][OH-] を H2O の濃度 [H2O] で割り算するところですが、水の溶液の中なので、水分子は圧倒的にたくさんあって濃度は変わらないと考えてよく、 [H2O] = 1 としています。これが高校生で習うはずの「水のイオン積 Kw」で、特定の温度下で一定の値を取ります。水温 25℃ のとき Kw =1.1×10-14 (mol L-1)2 で「≒10-14」だと覚えるはずです。

たいていの溶液反応では H+ や OH- が関与するので、[H+] の値は 1~10-16 にもわたることになります([OH-] も同様です)。そうなると、水素イオン濃度をいちいち ○○ ×10-xx の形で書くのがおっくうになってくるもの。そこで、水素イオン濃度の対数をとって、符号も変えておくことにしましょう。

   

これが水素イオン濃度指数「ピーエイチ(古くはペーハー)」の定義です。Hydrogen ion の濃度の指数 power という名付けですね。溶液中に [H+] が多いほど pH は小さい値になり、それが強い酸性の表現になります。

水溶液中で [H+] > [OH-] だと酸性、 [H+] < [OH-] であればアルカリ性。ここまではよいのですが、中性に関しては困った誤解がしばしば生まれます。液性が中性であるとは、厳密には [H+] = [OH-]  ということ。pH = 7 のことではありません。水のイオン積は水温に大きく依存しており、水温 5℃のときには Kw =0.185×10-14 (mol L-1)2 です。この値のルートを取って [H+] (= [OH-]) = 4.3×10-8 、その対数を取って符号を変えると pH = 7.37。以上、水温 5℃ならこれで中性という話でした。

 

海水は少しだけアルカリ性

海水には食塩の主成分 塩化ナトリウム をはじめとする多くの電解質が溶けているのでした。9月28日に掲載した塩分 35 の海水の化学組成の図を再掲します。

ナトリウム Na, カリウム K, マグネシウム Mg, カルシウム Ca は、みんな正電荷を帯びた陽イオン Na+, K+, Mg2+, Ca2+ になっていますが、海水が全体として電気を帯びた状態であっては困ります。陽イオンと陰イオンの電荷がバランスしてほしい。で、塩類から出てきた陽イオンの替わりに [H+] が少なくなり、アルカリ性側に傾きます。海面付近にある海水は pH 8 くらいの弱アルカリ性になっているのです。

※ 強酸と強塩基の塩ばかりでなく、弱酸と強塩基の塩も溶けている、というのも大きな理由になります。

 

二酸化炭素を吸収する海洋

気象庁は、西部北太平洋および日本周辺海域に観測定線を設定して、長期にわたる海洋気象観測を継続してきました。ここでは、最重要の観測定線のひとつ、東経137度線における洋上大気と表面海水の CO2 観測の成果を見せてもらいましょう。

東経137度線(北緯7~33度)で平均した冬季の二酸化炭素濃度の経年変化

1984年以来継続してきた大切な CO2 観測のデータです。大気中の濃度は1年あたり 2 ppm くらいのペースで増え続けています。表面海水中の濃度は1年あたり 1.8 ppm と、大気側よりもやや低い増加率とはいえやはり増え続けて、大気よりも 30 ppm ほど低い値をキープ。大気中の濃度上昇は、人間の活動(化石燃料の燃焼など)にともなって CO2 が排出され続けているから。海洋側の濃度上昇は、海で化石燃料を消費する生き物はいないので、大気から吸収していると考えざるを得ません。実は、これは東経137度線だけで起こっていることではありません。ほぼ世界中の海で、CO2 は大気から海水に吸収されているのです。

 

そして、CO2 の別の呼び方は「炭酸ガス」。炭酸は弱い(塩酸などのように完全に電離することはない)とはいえ、酸であることに違いはありません。海洋は、酸を吸収し続けています。

酸性化の話、次回に続きます。