alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

さかなのエサのエサのエサ

北海道にも待ちわびた春がやってきたようで、そこかしこで植物の成長ぶりが目立っております。海に目を向けても、海水はまだ冷たいとはいえ、植物プランクトンの活動が活発化する季節(のはず)です。

さて、海洋のプランクトンの体を作る物質に関連して、2023/10/28 に「レッドフィールド比」を紹介しましたが、生体を構成する、炭水化物、脂質、タンパク質等の原料となる「栄養塩」については、あまり詳しく書いておりませんでした。自分の最も得意とした分析項目なのに・・・

ということで、今回は海洋における栄養塩の話。以前書いたこととかぶるところもあるでしょうが、そこはご了承ください。

 

陸上の植物には「窒素、リン酸、カリ」

植物の成長について、小・中学生なら「植物は、種子の中の養分を使って発芽する」とか、「植物の成長には、日光や肥料が必要」とか、学習すると思います(i)。また、動物であれば「血液が酸素や養分を体中に運ぶ」でしょうし、「生命を維持するために栄養が必要」のようになるのでしょう。

何が言いたいかというと、明確な定義ではないものの、「肥料」や「栄養」は体の外から取り入れるもの、「養分」は体内で作ったりすでに蓄えていたりするもの、のような使い分けがありそうだということです。特に、「肥料」は、人間が庭の草木や農作物に与えるものというイメージが強いのではないでしょうか。でも、定義ではないし、学術的に認められた用語でもない。くどいようですけど。

さて、人間が植物に与える「肥料の三要素」。これも学校で習うはず(ii) ですが、「窒素、リン酸、カリ(カリウム)」とされています。ホームセンターの農業・園芸関係のコーナーに並ぶ、様々な化成肥料の有効成分です。肥料の袋に「8-8-8」とか「10-5-10」とか表示されているものが多く見られますが、この3つの数字は、窒素-リン酸-カリウム(N-P-K:ハイフンはあったりなかったり)が何パーセント含まれているかを表しています。数値は重量%の表示ですが、各成分をどんな化学形で含んでいるかまでは知りません。悪しからず。

(i), (ii)「学習すると思います」とか「習うはず」とか、はっきりしない半端なことを書いています。元・水の分析屋さん、テレビ・ラジオの講座や図書館の本から、いつの間にか多くのことを学び、時に習いました。小・中学校の授業中には教科書ではない本ばっかり読んでいたので、何年生で何を習ったかよく知らないです。ははははは・・・

N-P-K、どの成分も大切です。窒素 N はアミノ酸のもとでもあり、葉や茎の生育に不可欠。リン P は DNA, RNA の重要な構成成分で、花、種子、果実を充実させる。カリウム K は根や茎を丈夫にして、水分の調節や養分の輸送にも関わる酵素的な役割を果たすといいます。化成肥料の中には、これらの成分が無機物質として含まれており、水に溶けてから植物の根から吸収されるのです。ちなみに、窒素は nitrogen で結構なのですが、リン酸、カリウムを英語にすると phosphate と potassium。N-P-P になってしまうと案配が悪いので、カリウムだけはラテン語系の kalium になっているのでしょう(色々な組織、物質、カラクリの呼称の略語になっているので混乱しそうですから)。

 

海の植物プランクトンには「窒素、リン、ケイ素」

海洋表層で暮らす植物プランクトンは、陸上植物と同様に光合成します。太陽光のエネルギーを使って、二酸化炭素由来の炭素とその他の物質から自らの生体を構成する物質を合成するのです。

陸上の植物の場合、上でいう「その他の物質」の主要部分は「窒素、リン酸、カリウム」なのですが、海の植物プランクトンの場合はちょっと違います。一番の違いはカリウムの地位です。陸地の土壌水と違って、海水中にはアルカリ金属アルカリ土類金属(昔の周期表のⅠa族とⅡa族、今なら1族と2族)がそもそもたっぷり溶けています。なにぶん、主要成分なものですから。

再掲図: カリウムも主要成分 不足することはないでしょう

そして、海水中に存在する量が生物が必要とする量に比べて十分に多ければ、成長の制限因子にはなりません。色々な元素について、生物の体内の濃度と海水中の濃度を比較したのがこちらの表:

Millero (1996) Chemical Oceanography: Second Edition による

ぎゅっと詰まった生命体と濃いめとはいえ溶液との比較、ということで、生体構成物質の 100g あたりの量と海水 1m3(1トンですね)あたりの量で示しています。表中、薄緑の元素は有り余っています。グレーのところは海水中の微量成分ですが、生物の使用量も少ないので、まあ、足りてはいます。クリーム色の元素(酸素と炭素)は、生物が大量に使うのですが、海水中にある量でまかなうことができます。最後の赤っぽいところの「窒素、リン、ケイ素(iii) 」が奪い合わなくてはならないほど不足しているものです。成長の制限因子になりますね。

(iii) 海域によって差はありますが、海洋の植物プランクトンの中で最も多いのが珪藻類なので、ケイ素を特に多く必要とする珪藻類の値を植物プランクトン全体の値と分けて示してあります。

海洋における肥料の三要素は「窒素、リン、ケイ素」を含む無機物。これらをひっくるめて「栄養塩」といいます。おっと、「肥料」は人間がわざわざ与えるものでした。さかなのエサは動物プランクトン、動物プランクトンのエサは植物プランクトンで、植物プランクトンのエサが栄養塩と考えれば、栄養塩は「さかなのエサのエサのエサ」ということになるわけです。

 

次回からは、栄養塩の分析について。