昨日は、皇后陛下のお誕生日でした。昭和生まれの私たちでさえよくは知らないであろう言い方で「地久節」です(天皇誕生日は「天長節」)。『老子』に曰く、の、「天長地久。天地所以能長且久者、以其不自生、故能長生。」からきております。天は長く地は久し。天地の能く長く且つ久しき所以の者は、その自ら生ぜざるをもって、故に能く長生す(i)・・・って読み下します。
(i) 「天長節」と「地久節」。そのように設定したのはおいといて、大切なことは「天地がその様に永久であるのは、自ら生じたのではないからで、そのせいで永久であることができる」と説いているところではないでしょうか。永久であろうとする意志が無いから永久でいられる。まことに『老子』らしい語りようです。天長節、地久節をお祝い申し上げる一方で、教育勅語や軍人勅諭がまつりあげられた時代がありましたが、そのあたりの思想がないがしろにされて、一つひとつの言葉の響きだけに酔っていたのだと思います。美しい日本とかいう主張には類似した響きがある。元・水の分析屋さんは非常に危ういものを感じています。
前回、「隣り合ったフィボナッチ数の比は黄金比に近づく」の証明で、「lim (βn/αn)=0」の理由を「α>βだから」って簡単に書いてしまいました。√5 は「富士山麓オーム啼く 2.2360679…」なのでβは負数です(下のグラフをご覧下さい)。絶対値をとって「|α| >|β|」と書くべきだったかも、でした(反省)。

ここでは致命傷ではないはずですが、どんなところで減点材料にされるか分からないので、慎重に行きましょう(もっとも、私は受験生ではないのでお気楽です)。
さて、今日は「あまりにもよく見かけるために刷り込まれた結果に過ぎない」と書いたばかりですが、美しいとされる黄金比の話題といきましょうか。
黄金比とは
黄金比の値は上のグラフにある「α」で (1+√5)/2 です。方程式 x2-x-1=0 の解のうち、正の値をとる方にあたります。もう一つの解「β」は、何しろマイナスの値をとるので、歴史的に若干肩身が狭い目に遭っているらしいです(ii)。
(ii) かの ブレーズ・パスカル でさえ、負の数の意味を理解できていなかったといいます。
それはそうと、黄金比が美しいともてはやされるからには、数量的に表現された理論に結びついているに違いない。美術品や音楽が政権中枢から革命的であると高く評価された、などは、根拠薄弱も甚だしい。本当にしょーもないことなのです(iii)。
(iii) その時代、その時代の評価を否定つもりはありませんが、権力者が代われば評価も変わる・・・はちょっと違うと思うんです。芸術は長く人生は短い(ヒポクラテス)と言い切れる自分でありたいです。
で、もっとも簡単な話ですが、縦横が黄金比の長方形から正方形を切り取っても黄金比が保たれている。これこそが黄金比が「美しくもありがたい」地位を確立している理由に違いない。元・水の分析屋さんの目からは、これ以外の理由による評価はとってつけたようなものに過ぎません。問題外です(iv)。
(iv) 多くの建築物、美術品などに黄金比が入っているので、当然のこととして高評価・・・という言い回しはもっともマズくて、評価されているから高く評価している、という循環論法/自家撞着に陥っております。黄金比をみつけようと必死に探してはいませんか? こういうことは、自分で言ったり書いたりしても、なかなか自覚できないので気をつけなくてはいけません。

理想的な図はこちら:

黄金長方形の縦横比は、もとの長方形から、短辺を使って最大の正方形を切り取ると、残った長方形が再び黄金長方形になる、という意味で理想的な比率なのです。これが 1:2 なんかだとまったくうまくいかないのはすぐ分かります。半分に切ったら鶴でも折ってなさい、でしょうからね。
互除法のニオイが
ってなことを書きながら上の図を見ていたら、ユークリッドの互除法が頭に浮かんできました。
長方形の長辺を短辺で割る。残りで短辺を割る。残りで短辺を割る。残りで短辺を割る・・・ 有限回できっちり割り切れたら、縦横の比は有理数である。
ところがどっこい、黄金長方形は「短辺を使って最大の正方形を切り取ると、残った長方形が再び黄金長方形になる」でしたから、残りで短辺を割る。残りで短辺を割る。残りで短辺を割る・・・ これは際限がない。したがって、有理数の世界の話ではないという結論になります。
一般的に「○○ではない」という否定形の命題は納得しづらいと感じます。実際、「無理数である」ことは、「有理数ではない」=「整数の比で表現できない」として理解されているはずです。なので、念のため、黄金長方形の縦横比から無理数が出てくることを数式でも確かめておきます。

結論です。整数の比で表現できないところに美が宿っている、と多くの人が感じております。