alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

日本海の深層水はどのように形成されるのか

いま政治や戦争の話をしようとは思っていませんが、黒海の話題からです。

黒海 Black Sea の地理的位置・・・ヨーロッパとアジアの境界

ウクライナもロシアも主要な港をもっている黒海は、ボスポラス海峡マルマラ海(i)ダーダネルス海峡を経て、エーゲ海、地中海へとつながる内海。もちろん、外への通り路は限られています。ボスポラス海峡は全長約32km、幅0.5~2.5kmで、平均水深65m。ダーダネルス海峡は、全長約61km、幅1.2~6.4kmで、平均水深55mとか。二つの海峡とマルマラ海で、地中海からは二重に隔てられています。

(i) マルマラ海はトルコとヨーロッパの間にある内海。東西280㎞、南北80㎞ほどの大きさですが、最大水深は1370mもあります。塩分は、表層では 22くらいですが、海底付近では地中海に近い 38くらいだそう。

その一方で、ドナウ、ドニエストル、ドニエプル、ドンなどの大きな河川による淡水の流入が大きく、塩分は沿岸部で3~9(汽水)、表層で18前後。水深100mくらいでようやく 20程度だといいます。このため、100m深付近から下は極端な塩分躍層となっており、典型的な二層構造になっています。主として塩分の違いでできる密度差によって、低塩分の表層では黒海からマルマラ海へ、下層では海峡の浅くなった部分を乗り越える流れが駆動されます。

汽水域やその沖合に広がる表層は、栄養塩にも富んでいて、イワシの好漁場が形成されています。しかし、海面から遮断されている下層は、酸素の補給がなくほぼ無酸素の状態。200m以深では生物にとって有毒な硫化水素 H2S が急激に増加します(卵が腐敗したときの悪臭の元です)。ついでに、この硫化水素が水中の鉄と化合して硫化鉄 FeS を作り、海に黒色を与えている(だから黒い海)・・・という話もありますが、硫化鉄ができると沈殿するはずだし、200m以深のことであれば、人間が見る海面付近の色と関連付けるのはムツカシイんじゃないか/おかしいんじゃないか・・・って、元・水の分析屋さんは眉に唾をつけます。

なお、下層が無酸素状態になっているのは、何も特別なことではありません。我が国でも、オホーツク海に面する網走湖や、湖底堆積物の「年縞」で有名な三方五湖水月湖でも同様のことが起こっています。日本海だってちょっとしたことで同じ運命をたどったかも知れないのです。

 

日本海深層水は溶存酸素に富んでいる

日本海は、いずれの出入り口も浅くて狭い。外海との水の交換は表層に限られ、深層の水が外海と直接交換されることはありません。いま日本海の深層にある水は、日本海が外海から切り離されたときから存在するか、その後のどこかの時点で日本海の中で形成されたものだということになります。

日本海の海洋構造の模式図

日本海の表層水の下の層は、海底まで水温 0~1℃、塩分 34.0~34.1 でほぼ均質な「日本海固有水 Japan Sea Proper Water (JSPW)」と呼ばれる水で占められています。とはいえ、水温、塩分にはきちんと測れば検知できる差があり、「上部固有水」、「深層水」と「底層水」の三つの水塊に区分されます(ii)

(ii) 上の模式図は、それぞれの水塊の重なりは正しいのですが、体積比までは表現できていません。

日本海固有水は、シベリア大陸から吹き出す冬季の寒冷な季節風によって、日本海北西部(ウラジオストク沖、ピョートル大帝湾周辺)の表層にある水が冷却され、密度が増大して下層まで沈み込むことで形成されます。上部固有水どまりから一気に底層水形成まで、どこまで沈み込めるかは冷やされ方次第・・・

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、海面付近にあった水には空気(したがって酸素)がたっぷりと溶け込んでいますから、冷やされて沈むのは酸素の豊かな水です。いつぞや書いたとおり、海洋深層においては、酸素が乏しいほど、栄養塩が多いほど「古い」水。日本海深層の酸素はどうでしょうか・・・

日本海は深層まで豊酸素水

とまあ、太平洋側のどこの海域よりも豊酸素です。外海との間で深層水の交換はないし、日本海が外海から切り離されて以来・・・というほどの時間を経過しているわけもない。そうです。日本海固有水は表層を離れてからそれほど経っていない、かなり新鮮な水だと言えます。

 

日本海固有水の「原料」になる水

かなり新鮮な日本海固有水、その塩分は 34.0~34.1 です。冬季の季節風で冷やされて沈降したというからには、冷やされる海域にやってくる「原料」の水の塩分は 34.0~34.1 か、それ以上でなければいけません(iii)。そのような水はどこにあるか。

(iii) 塩分は水 1kg に溶けている物質のグラム数。物質は湧き出したり消滅したりすることはないので、淡水が増えて希釈されたり、蒸発によって濃縮されたりしなければ変わらない「保存量」。あたりまえのようにいっていますが、これが議論の根拠になっています。

ちょっと古い資料ですが、舞鶴海洋気象台があって「清風丸」という観測船が季節ごとに定期観測をしていた時代のものです:

日本海の真ん中辺に設定された観測定線の水温・塩分断面図

北緯40度付近の極前線よりも南側(対馬暖流水が広がる海域)では、表層の50m深あたりに塩分 34.3 を超える極大があります。しかし、極前線よりも北の表層には、固有水よりも塩分の高い水はありません。日本海固有水の起源となる水は、対馬暖流域にある高塩分水しかないのです。

というわけで、まとめますと:

日本海対馬暖流が運ぶ高塩分水が冷やされて沈降するので、深層水もフレッシュでいられますが、黒海網走湖水月湖のように、表層が低塩分のために冷やされても十分な沈降が生じないと、深層が無酸素状態になってしまいます。日本海黒海の違いは、表層に高塩分水が流入するかどうか、だけなのかも知れないのです。

ついでですが、たとえリマン海流があったとしても、高塩分水の起源とはなり得ないので、日本海固有水の形成には何らの寄与もありません。

 

今日はここまで~