alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

ミニチュア・オーシャン

「海賊王に俺はなる」だとか、「七つの海を制覇する」とか。海の男には何か夢があるらしいです。分析屋さんとして観測船に乗っていた身としては、そういう類いの夢はありませんでした。ありませんでしたが、船員の身分(海事職)でもないのに、船に乗って収入を得ていたのがちょっとした自慢になるかもしれません。行政職の職員が出張という形で乗船するので、日当と食卓料が支給される仕組み。一般人としてフェリーなどに乗ると、運賃を支払わなくてはなりませんし、食事代も自腹に決まっていますね。もちろん、仕事じゃないので寝ているだけでいいのですが。

 

ところで、「七つの海」って何を指すのでしょうか。世界中の海はつながっていますから、一つだと言えなくもない・・・

古代エジプトの人たちが海に乗り出したころは、海と言えば地中海と紅海だったでしょう。また、ヘロドトスの「歴史」には、エジプトのファラオネコ2世の命を受けたフェニキア人が、紅海から出港し、時計回りに(i) アフリカ大陸を一周して、3年目にエジプトに帰ってきたと記録されています。

(i) 紀元前600年ころといいますから、長針・短針があるような時計はない。そこは気づいているのですが、孫引きなので・・・まあ、いいじゃないですか。

そして「彼らは――余人は知らず私(ヘロドトス)には信じ難いことではあるが――リビア(ii) を航行中、いつも太陽は右手にあった、と報告した」というのです!

(ii) ここでいうリビアは、私たちの目で見るとエジプトよりも南側のアフリカ全体にあたります。

太陽が右手にあった、とは、真昼の太陽が右側に見えたという意味です。時計回りでアフリカの南端を回るときは、東から西向きに移動するから、太陽が北に見えたと言っているのです。赤道を越えて南半球に入っていればあって当然のことですが、フェニキア人は(商才に長けていたせいもあって)嘘つきだと考えられていたらしいので、北半球でしか暮らしていないヘロドトスとしては、簡単に信じることができなかったのでしょう。

いずれにしましても、フェニキア人によるアフリカ周航は、バルトロメウ・ディアス喜望峰を「発見」する2000年以上前のことです。フェニキア人は極めて優れた航海術を有していたのですね。とはいえ、 彼らが通過した「インド洋」も「大西洋」もそれとは認識されておりません。

ヨーロッパ世界と東アジアの間を帆船で行き来する時代がやってくると、航路上の 南シナ海ベンガル湾アラビア海ペルシャ湾・紅海・地中海・大西洋 が「七つの海」と呼ばれたようです。陸地からあまり遠くには離れないせいでしょうか、なかなか「インド洋」が出てきません。
そして話は急に進みますが現代です。「国際水路機関( International Hydrographic Organization; IHO)」によると 日本語の「大洋」つまり 'Ocean' は次の五つ:

大西洋 the Atlantic Ocean、 太平洋 the Pacific Ocean、インド洋 the Indian Ocean、北極海 the Arctic Ocean、南大洋(南極海) the Southern (Antarctic) Ocean

「五つの海」ではないかと心配することはありません。太平洋と大西洋を赤道で南北に分けると、合計で「七つの海」が出現する仕組みになっています。もっとも、IHO が「七つ」にこだわっているはずはありません。海図に記載するにも誤解がないように、その辺の海域を漠然とこう呼んでいる、ではなくて、きちんと領域に対応する名称を定めようとしているだけのことです。で、南極海は、南緯60度以南の海域を指しますが、これは2000年に IHO で大洋と認定する草案が採択されたものです(正式採用とはなってないはず)。

なので、お隣の国は「Japan Sea ではなくて East Sea と呼ぶべき」とかいう話を IHO で議論したいようでしたが、元・水の分析屋さんとしては、共通認識がある領域に対するほぼ定着した呼称の変更を持ち出すこと自体、まったくの場違いだと考えます。そもそも、自国の東にあるから東海・・・こんな名付け方が世界的に通用するものなのかな?

 

「大洋 Ocean」の条件を備えている日本海

縁海 Marginal Sea とは、島、列島(群島)、半島などの陸地で部分的に囲まれている ”Ocean” の一部のこと (縁 ふち =マージン margin の海)。日本海は、朝鮮半島や日本列島に囲まれている半閉鎖海域で、北太平洋縁海のひとつということになります。しかし、その半閉鎖的海域の日本海は、表層では南側から対馬暖流が流入リマン海流はおいとくとしても(私は認めませんからね~)、北部の冷水との間には前線が形成されています。そして、冬季には海面が凍結するほどに冷却されてできる高密度の水が沈降することで、深層にも独自の循環が生じていることが分かっています。

日本海、冬季の表層の様子

今年、1/15に、世界中の海をめぐる「ブロッカーのコンベアベルト」について書いたところですが、表層の循環があるだけでなく、どこかで深層水が形成されて深層循環も存在するっていうのは、大洋 Ocean ならではのことではないでしょうか。ついでに言えば、日本海の面積はほぼ 1×106 km2 なのに対して、平均深度は 1700m 以上、最大深度は 3700m もあって、太平洋(面積:1.65×108 km2、平均深度:約4000m)と比べても比率的には十分に深い。そんなわけで、日本海は「小さな大洋」=「ミニチュア・オーシャン」とも呼ばれています。

全球をめぐる「ブロッカーのコンベアベルト」が2000年程度のタイムスケールなのに対して、日本海の循環は100年くらいと推定されています。近年注目されている地球温暖化の影響が、全球の循環よりも早く現れる可能性があるのです。つまり、日本海をきちんとモニタリングしていれば、将来地球規模で起こる海洋環境の変化を、動画の倍速再生のように観察できると期待できる。

日本海は、ライバルに先駆けて成果を得るためにも、格好の観測フィールドです。そして、ここでの研究成果は、人類の将来を左右する力を持っているはずです。

 

お金目当てならみっともないだけでしょうが、科学的な調査・研究での成果に関しては「欲と二人連れ」は大いに推奨できると思います。