alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

いま、日本海固有水は・・・

今日は3月29日。日本全国の広範囲で雨降りとなっています。わが家の庭にも「友待つ雪」が残っておりましたが、「雪の友」はもうやって来ませんでした。全部とけてしまったのです。本格的な春が来ますね~

 

日本海の Hypsometric Curve と box model への応用

前回、日本海の海洋構造の模式図を示して「上の模式図は、それぞれの水塊の重なりは正しいのですが、体積比までは表現できていません」と書いたところですが、じゃあ、体積比まで表現してみせてよ、ってなりますね。

日本海の「面積高度比曲線 Hypsometric Curve」(2023/10/02 の記事参照) は、ちょっと特殊な感じなので、元・水の分析屋さんは変なことを試みました。まずは、色々な海の Hypsometric Curve(i) をご覧あれ:

極東域の縁海の中でも日本海は変わり者のようです

(i) 引っ越しを繰り返す内に文献のコピーを失ってしまいましたが、元ネタは Menard, H. W., and S. M. Smith, Hypsometry of Ocean Basin Provinces, J. Geophys. Res., 71, 4305–4325, 1966.

 

いわゆる 大洋 Ocean では、深さ 3000~6000m のところで面積が急に増えます。太平洋、大西洋、インド洋のグラフを横方向に拡大すれば、全海洋とほぼ相似形であることが見て取れます。一方、極東域の4つの縁海 Marginal seas のグラフは、相似形とは言いがたい。特に、日本海陸棚とみられる深さ200mあたりから先は底まで一直線に増加しています。どうしてこうなったのか、地質時代にさかのぼって日本海の形成過程を眺めてみたいです。

さて、\(・_\)それは(/_・)/おいといて、上のことを踏まえると、日本海の模式図は次のように作ってもよいはずです:

側面をさっきのグラフの形にした立体です

日本海の面積は S=1.0×106 km2 (100万平方キロ)、容積は V=1.7×106 km3 (170万立方キロ)。仮に、750mまでを(200mまでの表層水と併せて)体積 V1 の上部固有水、1500mまでを体積 V2 深層水、それ以深を体積 3の底層水とします。すると、グラフの形状から上下の長方形の面積と層の厚さが分かるので、それぞれの box の体積が計算できます。結果、Hypsometric Curve が「イイカゲン」な割には、そこそこツジツマの合うモデルになっております。

表層が青と赤に二分されているのは、極前線よりも北の面積比 r の海域で冷やされた水が沈降して下層に潜り込む、という仕掛けの表現です。面積比 1-r の赤い海域は、表層水が通過して入れ替わるだけ、と考えましょう。それぞれの box の間での水の交換率を適宜仮定して、物質の濃度変化を計算するのは、Excel 上でもできる簡単な作業です。元・水の分析屋さんはもう頑張る気力がないので、興味をお持ちの方がおられましたら、この box model をご自由にお使いください(元データとして Menard and Smith, 1966 を引用していただくとよろしいかと)。

 

その後、対馬暖流起源の水は沈降しているのか

曲がりなりにも定期的な観測を実施してくれている気象庁、「海洋の健康診断表」(ii) からの引用です。

(ii) 日本財団の支援を受けた海洋政策研究財団による「海の健康診断」がスタートしていたところ、気象庁がよせばいいのにそっくりな名称のこの業務を始めました。こりゃまずいなと思いましたが、組織の動きは止めようもありません。始まった当時から、診断するからには何か処方箋もご用意なのでしょうね、とツッコまれておりましたが、気象庁は気候変動への対策を提起する立場にはないらしい・・・

「気候・数か月から十年規模の変動に関する診断」の中に、日本海固有水についての診断があります。曰く、1990年代以降、水温は10年あたり 0.02℃ のペースで上昇しており、溶存酸素量は10年あたり 7~8 µmol kg-1 の割合で減少しているとのこと。図をご覧ください(観測点ごとに縦軸がずれていることに注意):

2000m深の日本海固有水の水温(上)と溶存酸素量(下)の時系列

海洋深層で溶存酸素量が減少するのは、その場で有機物の分解によって酸素が消費されるからです。また、同じ層で水温が上昇傾向にあるのは、相対的に高温の上層から熱をもらっているからです(ほかには熱源がないことをご理解ください)。つまり、酸素の減少と水温の上昇は、いずれも深層にある水が表層と遮断された状態が続いていたことを示唆します。

論文でなくて・・・ですが、(独)海洋研究開発機構・熊本雄一郎さんの研究報告に理解しやすい概念図がありましたので使わせてもらいます~(何の対価もなくて申し訳ないです)。

1977~2010年の間の日本海底層水中の溶存酸素濃度変化の模式図

この報告によれば、1969年と1977年にはウラジオストック沖での海面冷却が強く、底層水が形成されるほどの沈降が起こったようです。また、炭素1414C)の観測データからは、2001年にも底層水が形成されたと考えられるそうです。

底層水形成につながるほどの沈降が起これば、右上向きの緑の矢印で示す酸素の供給が起こり、沈降が生じない年には、右下に向かう赤の矢印で示す酸素の消費が続く、というわけです。上図の右側は、1977年と2001年に2回、酸素供給イベント=新底層水形成が生じたであろうという状況を示しています。

うんうん、なるほど。気象庁の「診断」によるグラフのイメージにほぼ一致です。次の深層水・底層水の形成がなければ、日本海固有水は貧酸素化し、水温もじわっと上昇するであろうということです。深層循環を駆動する力も働きませんから、日本海もやがては、黒海のように亜表層で硫化水素がみられるような、深層が死んだ海になると考えられます。どのくらいの時間がかかるかは、ここでは考えないことにしておきます。