alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

「ブロッカーのコンベアベルト」再確認

Wikipedia 的な紹介になりますが・・・

ウォーレス・スミス・ブロッカー (Wallace Smith Broecker, 1931-2019):

1975年に大気中の CO2 が増大すれば気候が温暖になることを指摘して(i)地球温暖化(Global Warming)という用語を一般に広めた。

(i) BROECKER (1975): Climatic Change: Are We on the Brink of a Pronounced Global Warming? Science, Vol.189, 460–463.

ブロッカー博士によって「地球温暖化」という用語が使われるようになったのは確かですが、2004年製作のアメリカ映画「デイ・アフター・トゥモロー(ii) の元ネタがブロッカーのコンベアベルトであることも間違いないでしょう。

(ii) 二酸化炭素の大量排出で温暖化の進む地球。南極の氷河を研究する古代気象学者の教授はある日、自らの調査結果から氷河期の再来を予見する。彼は迫りくる危機を訴えるが、政府には相手にされず。やがて、その恐れが現実となり、巨大な竜巻などの猛威が世界中を襲う・・・というあらすじをネット上でみつけました。元・水の分析屋さんはあらすじは把握していますが、本作を見てはおりません。 m(_ _)m

地球温暖化が進んで、冬季の海面冷却が十分ではなくなり、グリーンランドの氷も融けて、大西洋北部の塩分が低くなる。その結果、密度が大きい深層水の形成量が減少して、コンベアーベルトが弱まる。最終的に、グリーンランド沖の表層に戻ってくる高温・高塩分な海水の量が減って、ヨーロッパは寒冷化する (°Д°) ・・・ なんとも壮大な「風が吹けば桶屋が儲かる」ですね。

ともあれ、ブロッカーのコンベアベルトの最大の魅力は、水温と塩分の関係による深層水の形成から始まった循環(温度と塩分が関係するので熱塩循環という)が、最後に表層の風成循環に連なって出発点の海域に戻ってくる、世界中の海がつながっていることを目に見える形で提示してくれていることではないでしょうか。

※ ブロッカー博士は、平成8年度「ブループラネット賞」を受賞されており、その受賞講演録がこちらにあります:

https://www.af-info.or.jp/blueplanet/assets/pdf/list/1996lect-j-broecker.pdf

 

グリーンランド周辺の深層水形成

NOAA/NCEI (National Center for Environmental Information) 提供の World Ocecan Atlas 2018 (WOA 2018) を利用して、コンベアベルトの様子をもう少し観察しましょう。

まず、グリーンランド周辺で高塩分の海水が冷却されるところから。全球の1月(北半球の冬)、海面水温 (SST) と海面塩分 (SSS) の図です。

全球 1月 SST

全球 1月 SSS

いずれも1955-2017 年の平均が示されています。北太平洋でも北大西洋でも、北緯60度あたりの海面水温は2℃くらいとみてよさそうですが、海面塩分は大西洋の方が高い。そもそも、亜熱帯域の塩分を比べると、北太平洋には35、北大西洋には37の等塩分線のコアがみえています。そういう海水が表層循環(黒潮ガルフストリーム)によって高緯度域に補給されているせいで、北太平洋カムチャッカ半島付近の海面塩分は33程度に、北大西洋グリーンランド周辺では34.5くらいに、それぞれなっています。

さて、水温2℃を固定すると、海水の密度(例のσt)は塩分33のときは 26.37 ですが、塩分34.5だと 27.57 にもなります。海水に溶けている「塩(えん)」の量が水1リットルあたり1.5グラム違う(iii)、ということは、なかなかのおおごとなのです。

(iii) ご家庭の台所であれば、塩分のこの程度の違いは「ちょっとしょっぱかったかしら」で流されると思います。高血圧バンザイ。薄味もバンザイ。

このグラフにプロットすれば違いがはっきり分かるでしょう

 

溶存酸素量の減少と栄養塩濃度の増大を追跡

次は、北大西洋北部で形成されて深層まで沈降した高密度のゆくえ。海洋深層においては、酸素が乏しいほど、栄養塩が多いほど、「古い」水なのでした。ブロッカー先生は4000m深のデータで語りましたが、ここでは海底地形があまり邪魔しない3000m深の状況をご覧いただきます。深層の話なので、通年のデータによる図で。

溶存酸素量 以前のWOAは mL/L なんて単位でしたが、正しく SI 系になりました

インド洋への分岐だとアラビア海方面、太平洋への分岐だとアラスカ湾方面、そのへんの水が溶存酸素量が少ないので、古いということになります。

硝酸塩濃度 暖色系ほど高濃度

ケイ酸塩濃度 大西洋以外が全部赤くて申し訳ない

栄養塩類のうちリン酸塩を省略して、3000m深における硝酸塩とケイ酸塩の分布。溶存酸素量との逆相関ということで、インド洋だとアラビア海方面、太平洋だとアラスカ湾方面、そのへんの水の栄養塩濃度が高いので、古いということになります。

それにしても、大西洋の栄養塩濃度の低さはすばらしい(生産力、低いだろうな)。太平洋とその縁海の水ばかり分析してきた元・水の分析屋さんとしては、潔いにもほどがある、と評価したくなります。


南極大陸周縁部でも沈降は生じる

さて、大西洋北部で沈降して底層に到達した水は、大西洋を南下して南極大陸を周回する流れに乗っかります。南極大陸の近くでは、海面水温、海面塩分とも季節変化は乏しいのですが、実はここでも海底付近まで到達する沈降が生じます。その仕組みは・・・

冷やされた海水は塩分を排出して水だけで凍ろうとする

南極大陸のまわりの海面塩分は34そこそこ。しかもすでにかなり冷えています。今さら深層に沈降するとは・・・と考えそうなところですが、上図のように、形成された氷が風や海潮流によって次々に沖合へと押し出される「沿岸ポリニヤ」が形成されるようだと話はちがってきます。氷ができるときには塩分の大半が排出されてしまうので、凍る寸前の温度でとても塩分が高い水が形成されます。水温 0℃で塩分34.7だと σt は27.86。十分重いですが、これが南極底層水。海底付近まで沈降して大西洋をはるばる南下してきた深層水と合流します。

※ 前回の「南極を周回するところまで考えた」の図で「Recooling」とあったところですね。

そこから先は、インド洋ではアラビア海方面へ、太平洋ではアラスカ湾方面へと、深層を北上しつつ表層へと戻る機会をうかがうわけです。

 

どこかで浮力を獲得して表層に戻る

ここから先は・・・私の専門知識が足らない分野の話なので、走り書きで。

海洋には潮汐という現象があります。地球と月との関係を考えると、およそ半日周期で流動する潮汐波動が生じているはず。海山や海嶺があれば、潮汐波動との相互作用で乱流が発生します。その乱流によって、深層にある水に上層からの熱が伝わっていって、浮力をもらうというのです。
なので、北太平洋の場合、ベルトコンベアはアラスカ湾あたりで上に出てきていますが、そこに至るまでにジワジワと上向きの力をもらっているのです。オマケに、アリューシャン列島からアラスカ湾にかけての領域は、低気圧がよく発達することもあって、海洋表層は発散場になりやすい(下図は覚え方みたいなものです)。

左回りの流れにコリオリの力が働く・・・外向きで発散

表層で発散 → それを補う下層からの上昇流、これが浮力のお手伝いになるであろう。そんなこんなで、アラスカ湾方面はコンベアベルトが深層から表層へと戻るのに最適な場所になっているようです。

で、こうなるわけよ

ブロッカーのコンベアベルトは、新しい観測データのセットとも矛盾しないし、表層に戻るところの理論付けも確かなものになりました。まさに "Great" Ocean Conveyor Belt です。

 

次回はたぶん「ヘスの法則」