気象庁の観測の話になりますが、流氷初日(First date of drift ice in sight)は、「視界外の海域から漂流してきた流氷が視界内の海面で初めて見られた日」とされています。よって、海上で見つかったとしても、河川から流出した氷だと判断できればスルーします(海岸線でできちゃった「定着氷」も別物です)。気にしているのは北方から流れてきた氷です。オホーツク海側にいる観測者の視界は北向きに開けているので、視界外からやってきたものに限ると定めておけば、まあ、大丈夫としたものです。で、今シーズン、網走地方気象台は1月19日に流氷初日を観測しました(平年並の範囲)。
流氷接岸初日(First date of drift ice on shore)は、「流氷が接岸、または定着氷と接着して沿岸水路が無くなり、船舶が航行できなくなった最初の日」です。船舶が航行できるかどうかを気象台が判断する仕組みになっているのがとても愉快です。で、今シーズン、網走地方気象台は1月22日に今シーズンの流氷接岸初日を観測しております(こちらは平年並の範囲よりも早め)。
さて、がんばって定義してみたものの、これらの観測には克服できない弱点があります。視界が開けていない猛吹雪の中などでは、流氷も「視界内」には見えないのです。気象庁は観測者の目視による観測項目を、できる限り機械的な判断に置き換えようとしています。流氷初日や流氷接岸初日も、さっさと気象衛星や航空機の観測データと数値モデルの解析を総合的に判断したものにしてしまえば・・・と、元・水の分析屋さんは考えますが、どうでしょう。
ついでの無駄話。フラム号は航行できない状況で氷の上に乗り上げましたが、件のロシア船籍のタンカーは本当に単純に航行不能になりました。現場判断のミスを嗤うことは簡単ですが、流氷に関する情報、どのくらい利用されているのでしょうか。
流氷の話題、続きです。
オホーツク海が凍りやすい原因は三つ
元・水の分析屋さんの現役時代、プレゼンテーションのコツの一つとしたのが「ポイントは三つ」でした。整理すれば二つかな~と思っても、ムリしてでも三つにするほうがオーディエンスのウケがよろしいようです(常にそうだという保証はないですよ)。
オホーツク海が凍りやすいのにも理由があります。もちろん、三つです(笑):
オホーツク海は、冬季に気温が -50℃以下まで下がるシベリア大陸に隣接しています。冬の季節風は沿岸域の海面を冷やし、作られた氷を沖合へと押し流します(沿岸ポリニヤ)。そして、流氷は風の吹き去る向きよりも右に寄って流されて南下します。
(2)反閉鎖的な海に大量の淡水補給
オホーツク海は、シベリア、カムチャッカ半島、千島列島、北海道とサハリンに囲まれた、北太平洋の「縁海 marginal sea」。外海とのつながりが宗谷海峡と千島列島の海峡に限られているため(i)、海水の交換は極めて少ない海です。一方、オホーツク海に注ぐアムール川は世界屈指の大河。大雑把な見積もりをあとで示しますが、オホーツク海の広がりに対してアムール川からの淡水供給は十分過ぎる量です。
(i) サハリンとシベリアの間の間宮海峡(タタール海峡)は、幅は最狭部で7km程度、深さも10mほど。ここを通じての海水交換は無視できます。

(3)表層と深層の塩分差(密度差)が大きい
これは(2)の結果でもあるのですが、オホーツク海の深さ50mくらいまでの表層は低塩分で低密度となっています。それよりも深い層は比較的高塩分で高密度なので、上下二層がはっきり分かれた海洋構造になっています。密度差が大きいので、混合をもたらす対流などの運動は簡単には下層まで到達できません。

上図左側はオホーツク海北部までの海面塩分分布を示しています。アムール川河口域から塩分30未満の低塩分域が広がっており、それがサハリン東岸づたいに南に伸びていますね。右側は紋別沖を北東に延びる観測ラインの水温と塩分の断面図です(2003年5月の観測)。陸から20海里(mile)離れると、水深30mあたりの水温は-1℃以下(ii)。また、塩分33の等塩分線が陸側から徐々に深層へと向かっていて、比較的高塩分の水の上に低塩分水が乗っかっている様子が分かります。
(ii) 図をみると-1℃以下の層の下に+2℃などという相対的に暖かい水があるのにお気づきでしょう。このくらいの大きさの水温逆転だと、淡水であれば密度も完全に逆転します。しかし、そこそこの塩分をもつ海水の場合、低温域においては密度はほとんど塩分に依存するので、塩分の差によって上下層の成層が保たれているのです。
まとめると、オホーツク海は50mくらいの厚さの層を十分に冷やせば凍ります。太平洋では対流が深くまで及ぶので、凍るまでに冷やす水が多すぎます。
・・・とまあ、三つに仕立て上げた理由で、すぐそばの太平洋は凍らないのにオホーツク海は凍ります。模式図をご覧ください。詳しい説明は省略しますね。

大体の数の計算、練習問題
予告しておいたので、オホーツク海へのアムール川からの淡水供給がどんなものなのか見積もってみましょう。
まずは、オホーツク海の面積。これは探せばでてくる 152.8万km2。次はアムール川の流量。内緒ごとが多い国だけあってか(流域は旧ソ連=ロシア、中国)、信頼できる文献値が見つかりません。Wikipedia によるデータで申し訳ないですが、さすがは大河、平均で 11,400 m3 s-1(水 1m3 は1トン)。毎秒一万一千四百トン。これ、信濃川の2-30倍だそうです。この流量、11.4×103 m3 s-1 の1年分が、毎年オホーツク海に供給される淡水量。ざっと見積もってみましょう。
11.4×103×365×24×60×60 を計算することになるのですが、ここで悪巧みです。11.4×365 は 4000 に近くて、24 も 25 に近い。せっかくですから、4×25=100 を作ることにして、11.4×365×103×24 ~ 4×103×103×25 = 108。さらに 60×60(=3.6×103)をかければ 3.6×1011 m3ですね。
オホーツク海の面積、152.8万km2 =1.528×106 km2 =1.528×1012 m2 ~ 1.5×1012 m2
と、有効数字2桁にそろえます。あとはアムール川からの流入量を面積で割るだけです。(3.6×1011)/(1.5×1012) ・・・ 3.6÷1.5 = 12/5 =2.4 と、ここも仮数の計算は割と簡単で、2.4×10-1 m → 0.24 m → 24 cm となります。アムール川から流入する水をオホーツク海の全体に一様に広げると厚さ24cm くらいになる見当。もちろん、淡水の流入は毎年毎年、延々と続くのですから、表層塩分が低く保たれるのも当然ですね。
さらに、1/15 に書いたとおり、沿岸ポリニヤで氷ができるときには、塩分の大半が排出されてしまいます。オホーツク海に浮かぶ流氷は、塩分をあまり含んでいないのです。そして春以降水温上昇とともに氷が溶けると、ほぼ淡水となって表層に戻ります。氷の形成から溶解までのサイクルは、毎年毎年、延々と続くのですから、繰り返しになりますが、表層塩分が低く保たれるのも当然ですね。