alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

リン酸塩とケイ酸塩の分析法 (2)

4月16日、道南、松前町に桜前線が上陸しました。松前城のサクラは種類が多くて、早咲きのものも、遅れて咲いてくれるものもあるので、長期間にわたって楽しめます。

さて、こちらは函館地方気象台 4/18 発のさくらの開花情報:

4月18日 函館でサクラ開花です

函館地方気象台の新着情報から。札幌よりも数時間遅れの開花だったようで(ずーっと見つづけるわけにもいかないでしょうに)。

さてと、「気象台が定めた標本木」の写真、これじゃあ開花宣言の基準(5-6輪以上)に達したかどうか分かりません! (せっかく写真を出したのに情報量ゼロです)

もひとつ、気象庁のマスコット「はれるん」が函館に居合わせる(道内では札幌に常駐のはず)のは「あり」として、「エキゾーくん」や「GO太くん」が観測に同行・・・とはどうしたことでしょうか。函館市五稜郭タワーのご担当を通じて呼びつけたのか、丁重にお出まし(笑)願ったのか、あるいは先方から押しかけてきちゃったのか。気象台が実施した生物気象観測の結果に関する「お知らせ」によその子がバッチリ出ている。単なる受け狙いかな。まあ、笑えるところが満載です。

 

さて、今回は、リン酸塩分析法とそっくりな、と書いたケイ酸塩の分析法です。

 

分析できるケイ素の姿

ケイ酸塩もリン酸塩と同様、なぜか分析できるのですが、測定対象の化学形についても、発色試薬と反応してできる物質についても、分からないことだらけでした。21世紀になってようやく明らかになった、海水中の溶存無機態ケイ素の化学形や如何に。

希薄な水溶液中で「可溶性」のケイ素は Si(OH)4 として存在し、pH 8 以上であればプロトンを一つ失って SiO(OH)3- の形。ケイ「酸」と呼ばれながら、分子式に OH をもつのが面白いところでしょうか。ややこしいことに、濃度が高くなると次式のように2分子が会合してしまいます。

同様にして3分子、4分子・・・の会合も生じます

二つの Si(OH)4 が OH を一つずつ出し合って、そこから H2O が外れて会合する仕組みです。ほかの OH でも同じことができます。ただし、分子が会合して大きくまとまるほど反応性は低下します。また、大きくなった「ポリマー」みたいなのが、浮遊している粒子(植物プランクトンも含む!)の表面にある何らかのサイトと結びつくとか、もっと謎めいたこともあるらしいです(i)

(i) 元・水の分析屋さんが「気象庁海洋観測指針」改訂案を執筆した時点ではまだ出ていなかった、分析中の化学反応の細部にまできちんと言及している論文:

Coradin, T., D. Eglin and J. Livage (2004): The silicomolybdic acid spectrophotometric method and its application to silicate/biopolymer interaction studies. Spectroscopy, 2004, 18, 567-576. 下の図に示したモリブデンイエローの立体構造のイラストもここからいただきました。

とはいえ、ややこしいことがどの程度起こっているのかはおいといて、発色試薬を添加したら反応に参加してくれる「反応性」の部分を定量するのが、ここで紹介する分析法。基本は長い伝統のある手法、どれが先行文献の決定版なのかはわかりません(ii)

(ii) 「気象庁海洋観測指針」では引用していませんが、いにしえの教科書的な感じのものはこちら:

Strickland and Parsons (1968): Determination of reactive silicate. In:  A Practical Handbook of Seawater Analysis.  Fisheries Research Board of Canada, Bulletin 167, 65-70.

 

ケイ酸塩(Silicate; Si)の分析法

海水中のケイ酸塩も、モリブデンブルー法で分析するのがふつうです。上に書いたとおり、この分析法では、溶存無機態のケイ酸塩のうち、モリブデン試薬と反応できる状態の「反応性のケイ酸塩」が定量されます。いくつもの分子が会合した「ポリマー」は引っかかりにくいようです。

原理となる反応を見ていきましょう:

(1)ケイ酸塩は、酸性下(pH 2程度(ii))で12個のモリブデン酸と反応して、ケイモリブデン酸と呼ばれる黄色の錯体を形成します。

(2)この錯体を適切な還元剤で還元すると、青色のモリブデンブルーとなります。還元剤としてアスコルビン酸(ビタミンC誘導体です)を使用した場合、この物質の青色は、赤外領域の 820nm 付近に吸収ピークをもちます。

(3)還元剤を加える前にシュウ酸 HOOC-COOH を添加すれば、リン酸塩の反応生成物をマスクすることができます。

(iii) リン酸塩の定量を行う pH 0~1 の範囲では、ケイ酸塩の反応が進みにくいとされています。反応時の pH を調整して、定量のジャマにならないよう工夫しています。

ケイモリブデン酸、モリブデンイエローはこんな物質です:

モリブデンイエローの立体構造(左)と2次元の構造式(右)

これを使って定量しようという物質の構造まではよく分かっていなかったのですが、リン酸塩の分析と同様、「モリブデンイエロー」を還元して、混合原子価化合物「モリブデンブルー」を作り、吸光光度法で測定する・・・と言えば同じですよね。

大切なことなので繰り返しになりますが:

○ リン酸塩の分析は pH 0~1 の強酸性の条件で、ケイ酸塩の分析は pH 2 程度の条件下で行います。

○ 「モリブデンイエロー」「モリブデンブルー」と総称されていますが、中心にある原子がリン酸塩の場合は P、ケイ酸塩の場合は Si なので、物質としては異なるものです。

気象庁海洋観測指針の分析法では、リン酸塩でもケイ酸塩でも還元試薬として(L-)アスコルビン酸 C6H8O6 を用います(下のような簡単な分子構造です)。還元剤はこれに限ったわけではないですが、異なる還元剤を用いると、できあがるモリブデンブルーの吸収ピークまで違ってくることにはご注意。

還元剤として働くと、青い陰を付けた H が外れます

ケイ酸塩の分析法は、リン酸塩の場合と類似の反応を利用しているのですから、その類似性ゆえのトラブルが発生するようではおかしい。たとえば、研究段階の分析法であれば「これから改良」ですむかも知れませんが、元・水の分析屋さんにしてみれば、すでにルーチン的な測定項目になっていて、分析操作の自動化も進んでいました。こんなの間違えるはずがない・・・のでした・・・けどね。

1999年改訂版の「気象庁海洋観測指針」、リン酸塩分析法の測定波長の設定と分析試薬の調製法に不備がありました。上に繰り返し書いた「大切なこと」への理解が抜け落ちていたのです。

 

次回は「どうしてこうなった」の話。