alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

海洋の表層循環-海流 (2)

世間でいう「深層水」は、太陽光が届かない、生物活動が活発ではないと思われる深さ(200m くらい)よりも下から汲み上げた海水だと思います。しかし、海洋観測の業界では1000m深くらいまでは「表層」です。まあ、全海洋の平均深度が約3700mでしたから、「深層水」は 2000m 級の深さから持ってきた水であってほしいと勝手に思っています。

 

海流は循環して元のところに戻るので、高いところから低いところへと流れるわけにはいかない。同じ高さのところをたどって流れる。

今日はその仕組みの説明です。

 

北太平洋表層の亜熱帯循環と亜寒帯循環

US Army, 1943年制作の海流図から北太平洋を切り出してみました。

北太平洋の表層循環 (海流図)

まず、北緯15度付近を西に向かう流れと、北緯45度付近を東に向かう幅広い流れが目立っています。薄目で眺めていると、中緯度の海域に赤い楕円のような時計回りの循環がみえるはずです。また、北のベーリング海方面には、それほど明瞭ではないものの、青い楕円のような反時計回りの循環があるような気がしてきます。これらはそれぞれ北太平洋亜熱帯循環、北太平洋亜寒帯循環とよばれるものです。

亜熱帯循環の南側は、北緯15度付近をずっと西流している北赤道海流 North Equatorial Current です。陸地にぶつかった西側の端から、南西諸島周辺~本州南岸を通る強い流れが黒潮 Kuroshio です。本ブログでよく出てくる黒潮続流 Kuroshio Extension の名称は、場所がせまいせいか書き込まれていませんが、北緯45度あたりを東にずっと先まで流れる北太平洋海流 North Pacific Current (or Drift) が登場しています。

亜寒帯循環の方は、西側で陸地沿いの(東)カムチャッカ海流 (East) Kamchatka Current と親潮 Oyashio が比較的強い流れとして描かれていますが、東向きに還っていくあたりは北太平洋海流と合流しているのか、はっきりしていません。

細かいことを言えば、黒潮から分岐させた強い流れが日本海に入っているのは、さすがにご愛敬か。日本海にそんなに強い流れはありませんから。ただ、オホーツク海の内部に反時計回りの循環が描かれているのには感心してしまいます。観測データがあったんですかね?

 

吹送流のまんまではありません

それはさておき、亜熱帯循環に注目しましょう。北赤道海流が西に向かう北緯15度付近では、東から貿易風が定常的に吹き続けています。また、北太平洋海流が東に向かう北緯45度あたりは、しばしば大きな蛇行をともないつつも、偏西風が吹いています(長時間の平均をとればはっきりした西風になるはず)。どちらも定常的な風によって風下方向へと引きずられて流れている(吹送流、すいそうりゅう)ように見えますが、実際はもう少しムツカシイことが起こっています。

コリオリの力(i) はご存知だという前提で話を進めましょう。

(i) 回転座標系の中で動く物体に働く見かけの力。北半球では物体の進む向きに対して直角右向きに働きます。高校生の物理で学習するはずですが、日常生活でこの力を実感することはほとんどないでしょう。

海水は風の吹き去る向きの直角右向きに輸送される

コリオリの力が働くため、海面では風の向きに対して右に45度ずれた流れが生じます。水深が大きくなるにつれて、流れの向きはさらに時計周りにずれていき、流速は小さくなっていきます。この流速ベクトルの終点を結んでできる螺旋(らせん)形はエクマン螺旋とよばれます。そして、風によって生じた海水の運動をエクマン螺旋が及ぶ深さまで積分する(全層の動きをまとめる)と、海水は風の吹き去る方向の直角右側に輸送されることが分かります。

実際の北太平洋では・・・

貿易風と偏西風によるエクマン輸送の結果

亜熱帯領域の北側を東向きに吹く偏西風により、エクマン輸送で表層付近の海水が南向きに動きます。 一方、南側の貿易風によるエクマン輸送は北向き。 その結果、表層の海水が亜熱帯領域の中央部分に集まり、そこらあたりの海面が盛り上がります(少しです、少し)。

海面が盛り上がると、上に余計に水が乗っかっているので海面下の圧力が増加します。すると、亜熱帯海域では盛り上がった中央部から外側に向かう力、言い換えると、圧力が高い方から低い方に向かう力(圧力傾度力)が生じることになります。

海面が盛り上がったところから外側に向かう力・・・これだけなら、水が高いところから低いところへと流れる話。もちろん続きがあるのです。

 

圧力傾度力とコリオリの力が釣り合った流れ

高いところから低いところへ向かう流れには、コリオリの力が働くので、最終的には、圧力傾度力とコリオリの力とが釣り合った状態で流れるほかなくなります。これが「地衡流」(ii) です。

(ii) 気象の世界では、高層天気図の等高線に沿って吹く風が地衡風。こちらの図で、海面が水圧 p=0 の等圧面と思えば、等高線に沿って流れる地衡流、となって対応がよろしいかと。

海面がちょっと傾いたまま流れます

圧力傾度があるのですから、当然海面は傾いています。その状態で同じ高さのところをたどって流れるわけです。エッシャーの「滝」にならずに済みましたね。

※ ここでは大規模な現象をざっくりと説明しております。現実の海洋で見られる流れは中規模・小規模の渦が重なり合って作られているので、局所的には地衡流の考え方が成立しないケースもあります。

 

次回は、元・水の分析屋さんが「海洋学の業界では暖流・寒流の区別に熱心な人はあまりいない」と言う一方で、「対馬暖流」「津軽暖流」「宗谷暖流」という呼び方を推奨する理由を述べたいと思います。