alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

海洋の表層循環-海流 (4)

元・水の分析屋さんの愛読書「老子」から引用です。


上善水 水善利萬物而不爭 處衆人之所惡 故幾於道
上善は水の若し 水は善く万物を利して而(しか)も争わず 衆人の悪(にく)む所に処る 故に道に幾(ちか)し

「道に幾い」水は、万物に恵みを与えながらも争うことなく、誰もが嫌うような低いところに流れておさまります。
あらゆるものと調和する水、名付けこそ「上善水」に化けましたが、雪解け水のようなすっきりとした口当たりと飲みやすさ、杜氏さんの理想の一形態を示しているのでしょうね。 あれ、何の話でしたっけ?

 

今日は、低いところに流れる津軽暖流」「宗谷暖流」の話。

 

対馬暖流は不明瞭だが、日本海からの流出は勢いがよい

前回と同じ日付、11/15の北海道周辺の海面水温図と50m深海流図を示します。

海面水温の分布と50m深の海流とを見比べると、そこそこ対応していることがお分かりいただけると思います。日本海側の対馬暖流水は、まず津軽海峡から太平洋側に抜けています(これが「津軽暖流」)。北海道の西方を力なく北上した部分は、宗谷海峡を通ってオホーツク海側を陸地沿いに流れているようです(こちらが「宗谷暖流」)。

対馬暖流、津軽暖流に宗谷暖流を加えて、しばしば「対馬暖流系」とよびます。

津軽暖流の流速は 2 kt を超えており、宗谷暖流も 1.5kt 前後。知床半島から離れるあたりではさらに強まっています。対馬海峡から流入したばかりの対馬暖流は高々 1 kt 程度の流速でした。さて、どこでどうなって加速するのでしょう・・・

 

水位差で駆動される対馬暖流系

今を去ること半世紀、すでにその仕組みは概略理解されておりました。こちらをご覧あれ。

元・水の分析屋さんによる和訳&説明付きです

対馬暖流は、東シナ海から日本海へと流入するところからして、ある程度水位差で駆動されている流れです。上図に示されているように、対馬海峡から津軽海峡までの日本海の中でも、傾きは不明ながら水位差があるので流れています。もちろん、津軽海峡でも西口よりも東口の水位が低いために強い流れが生じるのです。

津軽暖流や宗谷暖流を駆動するという水位差を、気象庁の潮位観測データで確認してみましょう。さすがに2023年11月のデータはまとまっていないので、ちょっと遡ってしまいますがご容赦ください。

潮位の観測点を赤丸で示しました

上に示したのは、2020年秋、10月の月平均海面水温図です(今回もJAXAひまわりモニタのお世話になりました)。北海道は、親潮の影響が及ぶ道東の一部を除き、ほぼ暖水に取り囲まれています。

対馬暖流とその続きの津軽暖流と宗谷暖流(対馬暖流系)の勢力は、春先にもっとも弱く、秋にもっとも強くなる、という季節変化があります。ここでは勢力が強そうな10月の状況をみようとしているわけです。

さて、気象庁が潮位を観測している5地点(図中の赤丸)、深浦、下北(いずれも青森県)、函館、稚内、網走(3地点とも北海道)の潮位観測データをウェブページからいただいて参りました。

2020年10月の月平均潮位を標高で比べましょう:
深浦 40.0 cm
下北 10.9 cm
函館 -9.0 cm  東京湾平均海面よりも低いだけのことです。驚かないで。
稚内 27.6 cm
網走  4.1 cm  

となっておりました。下のようなことに気づきます:

(1) 津軽海峡西口付近の深浦の水位が 40 cm で最も高い

(2) 津軽海峡にある下北、函館との水位差はそれぞれ 29 cm、49 cm と大きい

(3) 宗谷海峡の入口にあたる稚内との差は 12 cm くらいでそれほどでもない

(4) オホーツク海沿岸の網走の水位は稚内よりも 24 cm 低い

(5) 津軽海峡をはさんで、北岸の函館よりも南岸の下北の方が 20 cm 高い

これらの関係が分かりやすくなっていることを祈りつつ、模式的にまとめた図がこちらです。

津軽暖流、宗谷暖流を駆動する水位差

 

どうやら、水位差で駆動される流れだというのは間違いなさそう。解釈まで含めて書いておきましょう。

○ 深浦-稚内間の水位差は、深浦-下北、深浦-函館の水位差よりも小さい。したがって、日本海にある対馬暖流水は、津軽海峡の方に流れ込みやすく、宗谷海峡方面への北上流は弱い。

稚内-網走間の水位差は、深浦-稚内の水位差の2倍もある。そのため、宗谷海峡までたどり着く北上流よりも、宗谷海峡を抜ける宗谷暖流の方が強い。

津軽海峡を抜ける津軽暖流は、右岸側の方が水位が高くなっており、コリオリの力でバランスしていると考えられる。

※ 宗谷暖流については、カラフト側の潮位データをみないと何とも・・・ですが、まあ、向こう岸が低いのでしょう。宗谷暖流も津軽暖流と同様、明瞭な暖流が陸地に沿って流れていて、沿岸境界流の性質をはっきりと持った流れです。

 

本文の中で「日本海の中でも、傾きは不明ながら水位差がある」と書きましたが、これに関して付け加えておきます。2020年10月の月平均潮位(標高表示)、北陸地方まで観察すると・・・佐渡で 18.4 cm、能登では 36.4 cm でした。あれれ、これでは深浦よりも潮位が低いではありませんか!

対馬海峡から津軽海峡西口までの海面水位の分布は、日本海側の岸寄りに単調に下がり続けているのではないのです。どこへ行くのかはっきりとは分からないが、沖合まで含めて、低い方へ、低い方へと流れているはず・・・図中の「日本海のスロープの傾きは、実際の水位差が不明なので任意に描かれている」という説明は、ここのところに向けたエクスキューズにもなっているのでした。

 

最後に、元・水の分析屋さんの主張。

津軽暖流も宗谷暖流も、周囲よりも温かい水が陸地を洗って流れています。これを「暖流」と呼ばなくてどうしますか。

そしてもう一つ、力を込めて主張します。

北太平洋といった "Ocean" の広がりでみた海流は、循環しているので同じ高さのところに沿って流れるほかありませんでした。しかし、対馬暖流系は、高いところから低いところへと流れている海流です。コリオリの力でバランスしていることだけは共通していますが、ほんとうに大きな違いですね。

 

この先、表層循環の話の次は深層循環・・・でもよいのですが・・・、かなり長く海の話を続けてきたので、ここらで気分転換。四大元素の一つでもある空気の話をしようと思います。 ではでは