alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

説明は不十分なままです

とにかく見ていただくのが一番だと思うので、まずはこちらから。

Nature 478, 435-436. (2011年10月27日号のオンライン特集より)

4つの図がありますが、いちばん左のパネルによると、水素爆発が起こる前から放射性物質が漏れ出していた可能性があるようです。2番目のパネルは、3/11~14 にかけて海に向かって吹く風により、放射性物質の大半は太平洋上に拡散したとみられますが、3番目のパネルで、その後風向きが変わって、放射性物質が海から押し戻されてきたそうです。この解析では東京よりも内陸側まで到達していますね

どんな風が吹いていたのか、海岸部のアメダス津波で稼働しなくなったので、エエカゲンなやり方ですが、内陸の福島地方気象台のデータ。

福島のデータですが、事故直後の風が海に向いていることは確かなようです

そういえば、水道水から放射性ヨウ素ヨウ素-131; 131I)が検出されたというニュースが流れていたような記憶が・・・あちらこちらでペットボトルの飲料水が店頭から消える事態になっていたような記憶が・・・どうして「ヨウ素剤」を飲ませないのだとか大騒ぎになっていたような記憶も・・・

それはそうと、そのころには放射性物質の濃密なプリュームが首都圏に流れ込んでいたはずですが、東京電力政府関係機関も、何も知らせてはいませんでしたね・・・箝口令が敷かれて誰も言えなかったのでしょうか・・・わざと空間線量のモニタリングなんかをやめていたのでしょうか。原子力関係の仕事を担当する文科省のある人から「パニックになってはいけないから」という言葉を聞いたことがありますが、そういうものなんでしょうか。

ちなみに、こういう事態に備えて、文部科学省放射性物質の移流・拡散を予測する数値モデル(SPEEDI)を用意しておりました。しかし、地震の影響で必要なデータが入らないとかの理由で、システムが動かせないと。その一方で、国民には知らせなくても、米軍に知らせる情報は存在したそうです。気象庁も、放射性プリュームの行方は予測できないと主張しておりました。黄砂の飛び方は技術的に予測できていたのに、どうなっていたんでしょうかね。黄砂のモデルは東洋仕様で、西洋起源の β や γ の類いは乗せられないのかな。

 

ウソではないでしょうが、よくよく選ばれたデータのようです

さて、「水素爆発が起こる前から放射性物質が漏れ出していた可能性がある」とのことでしたが、確かに貴ガスのキセノン(ゼノンと読む方がよいみたい)Xe-133 が大量に出ています。チェルノブイリの事故の倍近い量です。これは、原子炉3機が水素爆発に見舞われたせいでもあるでしょうが、それ以前から漏れていたというのなら、地震によってすでに原子炉に亀裂以上のものが生じていたのでしょう。いま、原子炉自体の耐震性が厳しく問われるようになっているのは、ひとつの有力な傍証だと思います。

それはさておき、Xe-133 の半減期は5日程度で、環境中に長くとどまることはないし、生体に吸収されることもないので、もう問題になるとは考えられません。

 

ヨウ素は体内に入ると甲状腺に蓄積されやすいことが知られています(放射性であろうとなかろうと関係ないです)。ヨウ素 I-131の物理的半減期は8日くらい。取り込んでしまうと長期とまでは言いませんが、しばらくの間は内部被曝が続きます。ただ、日本人はヨウ素に富む海藻類を食する習慣があるので、すでに甲状腺は満タンに近い。放射性ヨウ素を食しても体内に取り込む余地は少ないはずです。ヨウ素剤をほしがる必要性は乏しいと思われます。また、2ヶ月ほど経過すれば半減期が8回過ぎますから、1/28 =1/256 にまで減ってしまいます。時間が解決するレベルかも知れません。

 

ストロンチウム Sr-90 は ウラン U-235 の主要な核分裂生成物です。半減期は約29年。崩壊するときにβ線しか出さない(γ線が出ない)ので、よくあるサーヴェイメータでは見つけられません。屋外の環境では検出しにくい面があるのです。周期表から分かるように Ca の仲間で、骨に蓄積されやすいのが特徴。いったん体内(骨格)に取り込むと長期にわたって内部被曝が続くことになります。さらに、Sr-90 の娘核種のイットリウム Y-90 もβ崩壊する核種です(半減期2.67日)。しかも Sr-90 の4倍くらい高エネルギーの β線を出します(Sr-90 は 0.546 MeV、Y-90 は 2.28 MeV)。そして、上の表には Y-90 が出ていません。Sr-90 は載せてあるというのでしょうが、注意書きはありません。

 

プルトニウム Pu は有毒性の金属で、いくつか知られている同位体はどれも長半減期で α 崩壊する核種です。体内に取り込むと、そのまんまの毒性とともに長期にわたる内部被曝が・・・これ以上は書かないでおきますね。これも表には入っていないネプツニウム Np の β崩壊によって Pu が作られます(i)。現実の放出量は表に示された値よりもずいぶん大きいのです。当時の国会答弁書(2011年9月2日)によると、Np の放出量は1号機から3号機までの合計で 76 TBq(0.076 PBq)。数値をよくよく比較してくださいませ。公表された時点で気がつく人はいなかったようで残念ですが、これは書き留めておく価値があるのではないかと思っています。

(i) 原子炉内で U-238 が中性子を吸収して U-239ができ、半減期23.45分で β崩壊してネプツニウム Np-239になり、それが半減期 2.356日でβ崩壊して Pu-239になります。このプロセスは Pu の半減期に比べれば一瞬の内に生じます。あっという間にプルトニウムです。

 

もっともよく話題に上る核種は放射性セシウム Cs ではないでしょうか。福島原発の核燃料は U-235 で、Cs-137 はその核分裂生成物のなかでも Sr-90 と並んで主要なもの。Cs-134 の方は、原子炉内で Xe-133 の β崩壊によってできた Cs-133(Cs の唯一の安定同位体!)が中性子1コを吸収してできます。基本的に原子炉でしか作られないので、試料中に Cs-134 が存在すれば原子炉由来のものと断言できます。また、Cs-137との存在比(炉内ではほぼ1:1)から、半減期の違いを利用して、原子炉から外に出てからの時間経過を推定できます。

セシウムに限らず、放射性核種は半減期という時計をもっています。間違って環境中に出したものであっても、現実世界で起こっていることを知るための手がかりにすることができます。せめてもの罪滅ぼしということかも知れないですが。


福島第一から放出された Cs-134, 137 の放射能 [Bq] を比放射能 [Bq g-1; 値はweb検索でみつかるはず] で除して重量に換算すると、合計で 5kg 程度になります。セシウムの比重はおよそ 2 ですから、量的には2リットルの紙パックとコップに2-3杯分くらい。酒であれば、元・水の分析屋さんは 4-5日で飲み切る程度の量(足らないかもね)。それを東北地方~関東地方の広範囲にばらまいたわけです。その量の酒だと、初めから匂いすら問題になりませんが、放射能だとご承知のとおり。Cs-137は今でも容易に計測できるレベルで環境に残っています。
もっとも、「福島第一」のずいぶん前から、国連安全保障理事会常任理事国(ii) が核実験などによって世界中にばらまいてきた分もしっかり残っています。決してお忘れないように。

(ii) 「国際連合 United Nations」はほぼ「連合国 United Nations」のまんま。核保有国の利益が優先されるのは自然なことでしょう。

 

3.11 に関する説明は、ほとんどいたるところで不十分なままです。丁寧に説明する=同じことを繰り返す。ウソは言ってない。時間がかかるだけムダだと感じさせるまで続ける。

取材する人も、情報を発信する人も、その情報を見聞きする人も。自分もそうなんですが、何かが少しずつ足りてない、しかも決定的に足りていない。そんな気がするのですよね。