alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

配位結合の話

世界一短い手紙のやりとりをご存じでしょうか。「?」への返信が「!」というもので、もはや言葉は不必要、記号のみで十分に用が足りています。

これは、ヴィクトル・ユゴーが旅行先から出版社に向けて「新作の評判は?」と尋ねたのに対して、出版社から「すばらしい!」と答えたものだそうです。文豪は取材に対応するのがうっとうしいから旅行に出ており、出版社も「レ・ミゼラブル」のこと以外で連絡されるはずはないと心得ています。記号だけのやりとりでも意味を取り違えることなどない、相互理解という下敷きがあれば、たった二つの記号の交換で意図が明確に伝わるという、極めてまれな事例でした。

ところが、今の世の中では全然まれではないようです。エラい大臣閣下や議員先生が「あの件はどうなった?」と言うだけで、優秀な秘書さんや取り巻きの「なんとかチルドレン」や太鼓持ちの官僚たちが「〇〇案件」をピンポイントかつ最優先で処理してくれる。おカネのことは会計担当に「適切に処理したか?」と問えば、あとは問題など起こらないはず。ご本尊は「?」と質問しただけで、何ひとつ具体的な指示をしてないのに「!」という結果が出ます。晴れて全部誰かのせいにできる。

四字熟語、センセイ方は「以心伝心」のつもりでしょうか。「唯唯諾諾」と従うばかりで自分の意思をどこかにおいてきた皆さん、英語でも "sold his (her) soul to the devil" と表現するのだそうですよ。


2023年12月12日の記事で「共有結合 covalent bond」を紹介し、前回図のキャプションに “「配位」の説明は後日” って書いたので、今回は配位結合について。早々と「後日」がやってきたようです~

 

復習:共有結合とは

原子間の結合のうち、原子が最外殻にある電子(価電子)を互いに共有し合ってできる結合が「共有結合」。双方の原子が閉殻またはオクテットになる仕組みでした。

再掲:水、メタン、二酸化炭素の分子における共有結合

上の再掲図のように、K殻むき出しの水素原子 H は 電子2コで閉殻、最外殻が L殻の炭素原子 C や 酸素原子 O は電子8コでオクテットになっています。念のためですが、ここがポイント。貴ガス元素が不活性なのは、最外殻が閉殻かオクテットになっていて、ほかの原子と電子を融通する必要がないためでしたね。化合物でもこの原則は変わりません。化学反応には、電子のやりとりという一面があるのです。

 

配位結合とは

「配位結合 coordinate bond」は、閉殻またはオクテットを作ろうとする点では共有結合と同じなのですが、結合している2つの原子のうち一方だけが電子を提供するところが違っています。「俺、電子の持ち合わせないねん。お前の余った電子対、共有させてくれんか~」「図々しいやっちゃなぁ・・・まあ、ええよ~」的な電子共有の形態とでもいいますか・・・

例を示しましょう。窒素原子1つと水素原子3つが共有結合しているアンモニア NH3 分子が水素イオン H+ に余っている電子対を提供すると次のようになります:

できあがりを見ると、共有結合と配位結合の区別はなくなってます

NH3 分子の N は共有されていない電子の対を1つもっています。ここに水素イオン H+ (裸のプロトン)がやってきて、電子対の共有に成功。できあがったアンモニウムイオン NH4+ の 4つの H は平等に N と電子対を共有しており、どこが配位結合でどこが共有結合なのか、区別できなくなっています。

もう一つ。酸素1つと水素2つが共有結合している水 H2O 分子は、電子対を2組余らせています。水素イオン H+ に1組の電子対を提供するとこうなります:

水素イオンは、むき出しのプロトンのままではいられないようです

ここでも、できあがったオキソニウムイオン  H3O+ の 3つのH は平等に O と電子対を共有しており、どこが配位結合でどこが共有結合なのかは区別できませんね。

 

配位結合で「錯イオン」を作りやすい遷移元素

はじめて物語になってしまいますが、メンデレーエフ周期表を発表したとき、金属性の強い元素(旧Ⅰ族)と非金属性の強い元素(旧Ⅶ族)の間に、鉄、コバルト、ニッケルの三元素を一組にして配置したそうです。これが、金属と非金属の間にある過渡的な元素「遷移元素」(旧Ⅷ族)の始まり。

今の周期表では 3~12 族が遷移元素(i)ですが、第4周期の元素(スカンジウム Sc から 亜鉛 Zn)の原子について電子配置を表にまとめてみました。

(i) 1/22 に12族の亜鉛 Zn は典型金属じゃないのかとブツブツ言ったばかりですが、そうなったというのだから仕方がないです。まあ、いいじゃないですか。

第4周期遷移元素の原子の電子配置

第3周期右端、原子番号18のアルゴン Ar は、最外殻(M殻)の軌道が 3s2 3p6 と 2+6=8 コの電子で埋まってオクテットになっています。第4周期に移って、19番カリウム K、20番カルシウム Ca で 4に 1, 2 と電子が入る。で、21番スカンジウムからは 3d 軌道を満たしていきますが、クロム Cr と 銅 Cu のところは例外で、4s よりも 3d が優先になっています。たぶんですが、5つある 3d 軌道が電子1コずつあるいは2コずつで満たされる配置の方が、4s2 となって埋まる状態よりもエネルギー的に安定なのでしょう。

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、上の表に出てきた遷移元素が電子を手放して陽イオンになるときは、まず 4s 電子、その次に 3d 電子を放出します。たとえば、銅イオン Cu2+ は 4s 軌道がカラで 3d に2×4+1=9コという電子配置です。しかし、水溶液中でこうしたむき出しのイオンが安定かというとそうでもない。できることなら電子を引きつけて電気的に中性になりたい。

でも、周囲を見渡しても水分子 H2O しかない。Cu2+ は水分子の持つ電子を引き付けようとしますが、電子の所有権は共有結合を作っている酸素原子 O にあります。Cu2+ としては H2O の共有結合に使われていない電子対を貸してもらうほかないのです。

テトラアクア銅(Ⅱ)イオン

しょうがないな~、で、上の図のように、正方形の頂点に配置した4つの H2O で Cu2+ を取り囲んで(もちろん電子を供給する O が内向き)、むき出しの状態を緩和するのです(ii)。また、上下にある H2O は正方形になっている H2O より離れています・・・ということで、離れているのはこの際無視して H2O 4つ、「テトラアクア銅()イオン [Cu(H2O)4]2+」という名付けです。一方的なやりとりとはいえ電子対が関与していますから、電気的な反発力のバランスによって立体構造が決まります。

(ii) アンモニウムイオン、オキソニウムイオンのような、教科書的とでも言える、共有結合と区別できないような配位結合ではないという意味合いです。配位結合は、電子対を供出するとはいっても、すべて公平に共有するわけじゃないのが普通だと思ってください。

このようにして作られるのが「錯イオン complex ion」。アルカリ金属アルカリ土類金属なら、水溶液中ではむき出しの陽イオンとして扱って差し支えないですが、遷移元素は水溶液中では何らかの錯イオンとして存在し、そのように振る舞っています。

 

次回は錯イオンなんかの話の続き。