alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

ヘスの法則・・・途中経過は無関係

遅ればせながら、高校化学の学習指導要領が変わったことを知り、社会人になってから修正した知識でさえも細部がずれていることに気づいて、いささか慌てております。元素の周期表、「族」の名前が 1~18 になったのもだいぶ前のことですが、12族の扱いが変わって、「3~12族を遷移元素とよぶ」ようになったとのこと。縦に並んだ亜鉛 Zn、カドミウム Cd、水銀 Hg(亜鉛族)は典型元素ではないのか・・・たしかに、12族まで遷移元素になっている周期表も、11族までそうなっているのも、両方出回ってますね。こうなったら知ったことではないですが、いやはや、古い知識のアップデートは大変な作業です。

亜鉛族の元素の電子配置は、Zn: [Ar] 3d104s2、Cd: [Kr] 4d105s2、Hg: [Xe] 4f145d106s2 となっています。「内殻のd軌道あるいはf軌道に空席がある」のが遷移元素だと勝手に思っていましたが・・・そこが閉殻になっているのに(d軌道は10コ、f軌道は14コで満席)典型金属じゃないのか(不平不満、不平不満・・・)。それはともかく、亜鉛族は外殻の s 軌道にある2つの電子が放出されて、+2価のイオンを作りやすい。これは覚えて損しないでしょう。

 

今回こそは、ヘスの法則とその利活用。

 

エネルギー図あらためエンタルピー図

炭素(固体 s)の燃焼で二酸化炭素が生じる反応を考えましょう。中学生の理科で登場する C + O2 → CO2 です。炭素って、ときどき不完全燃焼を起こして、一酸化炭素ができることもあります(C + 1/2 O2 → CO)。その一酸化炭素が燃焼するとやはり二酸化炭素ができます(CO + 1/2 O2 → CO2)。ちょっと整理してみます:

まずは簡単な例 エンタルピ-変化は(生成物-反応物)で計算します

固体の炭素と言われたら、グラファイトを思い浮かべるのが正解です。欲を丸出しにしてダイヤモンドを考えてはいけません。燃焼させようとは考えなくなりますから。

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、ここでは一酸化炭素を燃焼させたときのエンタルピー変化は未知であるとしましょう(-Q kJ としておきます)。

さて、上の図では、炭素 1 mol に着目した反応式とエンタルピーの変化を左半分に、エンタルピー変化の関係を右半分に示しました。図の下向き矢印の長さの関係が成立するなら、こんなありがたいことはありませんね。簡単な算数で Q = -394 - (-111) = -283 と求められます。で、実際にこうした関係が常に成り立つ、というのが「ヘスの法則」です。

 

ヘスの法則 Hess’ law (law of constant heat summation)

ジェルマン・アンリ・ヘスは、スイス生まれのロシアの化学者。硫酸を水で希釈する実験を様々な容積比で繰り返して(i)1840年、その反応熱の測定結果から「化学反応の反応熱は反応前後の状態のみで決まり反応経路によらず一定である」という説を発表しました。

(i) 昭和38年の「化学教育」誌に、高校生にこの実験をさせようという記事が掲載されています。「硫酸をこぼすな。こぼれたときは直ちに拭きとれ」「硫酸を水に注ぐとき激しい反応が起こるから十分注意をはらえ」「混合直後の液温測定は液の上下を十分混合しながらすばやく読み取れ」・・・押すなよ、絶対押すなよ・・・硫酸がこぼれるのは大前提になっていますね。いらない勇気がある行動です。硫酸に水をどっと注いだり、液を思い切りかき混ぜたりする危険人物は必ずいますから、事故らないためにも、よい子はマネをしないでね、で済ませていただきたいです。

クラウジウスの熱力学の第一法則に先行していることに注意

イマドキの高校生は、物理の授業のどこかで熱力学の第一法則を学習しますから、ヘスの法則はそれを化学的観点から表現したものと解釈するのでしょう。ですが、この法則はクラウジウスによる議論に先行していることに注目です。当時は化学反応の多くを大気圧下で観察しているのでしょうから、今日の教科書ではエンタルピーで記述されるところも、反応熱に関する経験則だったはず。ヘスの法則は、数多く積み上げられた同様の実験結果に基づいた、自然な帰納的推論であったに違いないのです。

ついでのようで申し訳ないですが、ラヴォアジェによる「質量保存の法則」について。1774年に提唱されたものなので、時代的背景からも責めることはできないのですが、化学反応に関わる法則としては、原子レベルでのモル数が変わらないという「物質量保存の法則」と思った方がよいです。

ヘスの法則の守備範囲は化学反応に限りません。前回の最後に例示した水素が燃焼して水ができる反応のエンタルピー図をご覧ください。

熱化学方程式と「エネルギー図」の代わりですね

反応前の H2, O2 の状態が基準。反応で生成する H2O のエンタルピーは減少していて、その分が反応熱 Q となって放出されています。そして、気体 (g) の水(水蒸気)よりも液体 (l) の水の方がエンタルピーが低い。ここで、水蒸気が凝結して液体の水になるときの凝結熱をそこらへんのサイトで探すと 44 kJ mol-1。うまいこと生成物のエンタルピーの差と一致しています(-242-286=44)。水素の燃焼で直接液体の水ができるのと、途中で水蒸気を経由して凝結で液体の水ができるのと、エンタルピー変化の総和に変わりはないのですね。

ということで、ヘスの法則、反応熱に代えてエンタルピー変化を用いても、物質の相変化まで含めて途中経過は無関係、最初と最後の差だけの話になっています。

 

次回は、ヘスの法則を徹底的に利用して、すべての化学結合を壊してから、いいように再構築する手続きを考えてみましょう。