alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

ヘスの法則・・・の前にエンタルピー

昨年末、燃焼についてあれこれ書いたところですが、私たちは燃焼という現象なくしては生きていけません。何かを燃焼させたときに発生する熱を利用することこそ、人類の文明の根幹をなしていると言ってもよいくらいだと思います。

熱は物質(物体)の温度を高くするものですが、古くはある種の物質だと考えられていました。ラヴォアジェも「熱素」を元素の一つと考えていたくらいです。しかし、熱素説には摩擦熱の発生の仕組みをうまく説明できないなどの不都合が多く、やがて熱はエネルギーの一種であるととらえられるようになりました。

温度の低い物体に熱が入ると、物体を構成する粒子が活発に運動するようになり、その物体の温度が上昇します。原子、分子、イオンなどの運動の状態・・・のような、物質に内在するエネルギーを「内部エネルギー」といいます。あるひとつの物体に注目するなら、低温のときに比べて高温のときの方が、より多くの内部エネルギーをもっていることになりますね。

 

そういえば、内に秘めたるものがある人、元・水の分析屋さんも現役時代によくお見かけしたものです。

 

高校化学の学習指導要領が変わっておりました

今回は、「熱化学方程式」を使って試験に出そうな問題を二つ三つ紹介しましょうか、と思っていたら、2022年度の高校1年生から、俺に内緒で新しい学習指導要領に変わっていました。昭和の知識がどんどん置き換わっていって、なんだか悔しいです。悔しいですが、熱化学方程式に違和感を抱いていたのも確かです。新要領では、「化学エネルギーの差については、エンタルピー変化で表す。また、反応熱と結合エネルギーとの関係にも触れる」って書かれており、熱化学方程式は廃止されるようです(大学入試で出題されることはもうないでしょう)。

さて、話題の熱化学方程式、昭和の教科書にはこんな形で出てきていました:

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1 mol の水素と 1/2 mol の酸素とが反応して 1 mol の水(水蒸気)になるときに発生する熱量は、 57.8 kcal である。反応にともなう熱の発生を化学反応式にかきいれると、この化学反応の化学反応式は、

となる。このような化学反応にともなう熱量の出入りを記入した化学反応式を、熱化学方程式という。

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いかがでしょうか。高校生の元・水の分析屋さんには理解できない書きぶりでした。

※ 「熱の発生」を「化学反応式」にかきいれると、この「化学反応」の「化学反応式」は・・・ で、「化学反応」にともなう「熱量の出入り」を記入した「化学反応式」を、熱化学方程式という・・・ 大切なことだから二度三度と言ってるのか・・・

「等号でつないだ以上は方程式とよびたいが、分子式と数値が同居していて気が引ける」ニュアンスが伝わるわけもなく、てきとーに理解してスルーしていましたが、すっかりオヤジになった今読み返しても、やっぱり理解できません。納得できなかったことは二つ:

① 物質量と熱量は「次元(単位)」が違います。それを一つの式に書くのはおかしいです(i)。私にしてみれば、左辺はリンゴが2個と皿が1枚、右辺はその皿の上にリンゴがのっかった。さて、熱量はどうでしょう? みたいになってます。

(i) 両辺のもつエネルギーが等しいと書いてあるサイトがありますが、分子式で内部エネルギーまで表現しているなどというのは反則です。反応にあずかる物質量の式に、欲張って熱量まで書いただけです。「異次元の○○」だって、従来の何かと比べて全く異なる大胆さを主張されているようですが、何か欲張っただけで比べように困るような施策は、まあ、まずいとしたものでしょう。

② たとえオマケ付きでも、化学反応式は「=」ではなくて「→」であるべきです。等号で結んであると、熱の出し入れでどちら向きの反応も生じる、と誤解されそうな気がしてなりません(ii)

(ii) 昨年 10/28 に光合成と酸化分解の関係を「=」で結んでいたではないか、とお叱りがありそうなので、言い訳させてください。あの式の左辺第一項は、炭素、窒素、リン(C, N, P)がレッドフィールド比になるように構成した仮想的な有機物で、実際に存在する物質ではありません。したがって、反応がどちら向きに進むとしても具体的な反応とは結びつきません。現実の化学反応ではないのに矢印を使うのは忍びない。仕方なく「左辺と右辺で元素ごとの原子数が等しい」ことだけを頼りに等号で結ばれています。 m(_ _)m

自分が納得できていなかった問題が解消されるのですから、元・水の分析屋さんは新しい学習指導要領の方針を歓迎します。

 

熱化学方程式の廃止とエンタルピーによる説明

新手のゆるキャラみたいな「エンタルピー」とはいったい何ものなのでしょうか。

閉じた系で化学反応が起こるとき、変化の前後での系のエネルギー収支を考えます。系の内部エネルギー変化を ΔU、系が受け取った熱量を Q、圧力を P、系の体積変化を ΔV と書くと、ΔU = Q - PΔV となります。ここで右辺第二項は外界から受けた仕事を表します。定温定圧の条件で反応が進むとき、この体積変化による仕事を無視するわけにはいかないので一工夫。まず移項して ΔU + PΔV = Q 。左辺は ΔU + Δ(PV) = Δ(U+PV) 。よって H ≡ U+PV という新しい量を定義すれば、ΔH = Q (定圧反応のとき)。この H がエンタルピーです。エンタルピーは、内部エネルギー、圧力、体積という状態量の組み合わせでできた状態量で、体積変化の寄与分を含んでいます。なので、定温定圧の条件における化学反応による反応熱は、反応の前後の系のエンタルピー変化に等しい

さて、昭和の知識をエンタルピーを使った表現に直すとどうなるでしょうか。上の例の「+57.8 kcal」は SI の単位でないうえに、化学反応によって発生する熱量、つまり、反応系から外界に出て行くエネルギーになっています。これに対して、新要領では、反応系内部のエンタルピー変化に着目するので、符号が逆になります。そして、熱化学方程式は使わずに、化学反応式とエンタルピー変化(単位はキロジュール kJ)に分けて表現します。結果は・・・

でき上がりが気体 (g) と液体 (l) の両方の場合を示します

化学反応式なので、等号ではなく矢印(青くしてみた)になってます。また、液体の蒸発などの相変化でもエンタルピーが変化するので、同じ H2O でもでき上がりが気体か液体か(赤くしてみた)で違いが出てきます。

※ 今さらですが、分子式のあとにある()の中の文字は、気体 gas、液体 liquid、固体 solid となります。

 

反応熱の代わりにエンタルピーを使う。次回こそ、ヘスの法則の利活用について。

 

内に秘めたるものがある人。あれもやりたいこれもやりたいと熱く語ってくれるだけ内部エネルギーがあるはずなのに、外界への仕事は出てこなかった・・・こういう時はエンタルピーの変化で評価しなくてはならないようですね。