alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

化学の試験は単純な四則演算 (1)

10/16 の記事で、二酸化炭素が水に溶けたときの化学平衡のことを書きました。確認のため、もう一度まとめておきます:

4つの物質の濃度が2つの平衡定数により束縛されている

海洋気象観測船によって実際に測定されるパラメータは以下の4つです:

pH の測定はムツカシイので、計算する方がヨイ

最初のは二酸化炭素分圧、溶解平衡の関係を示す式です。以下は、pH(水素イオン濃度指数)、溶存無機炭素(全炭酸)とアルカリ度(詳しくは、炭酸アルカリ度)です(≡ の記号は「定義」という意味)。これらをよーく見ると、上の枠内の (2), (3) の関係による束縛があるため、2つのパラメータをうまいこと組み合わせれば、残りの2つは計算で求められることがわかります。

※ たとえば、pCO2 と pH の測定値があれば、[𝐻+]=10 (-pH)  ですから、あとは上の枠内の平衡定数を頼りに式を変形して、

計算は面倒かも知れませんけどね

とやれば、出てきますね。未知のパラメータが4つあるように見えるけれど本質的には2つだということです。

元・水の分析屋さん、まだ現役公務員時代のこと、上司から「なぜ2つの値を測れば残りの2つが分かるのか、サルにも分かるように説明してくれ」と言われました。公務員という立場上、サルは税金を払ってくれてないので無視できますが、上司に対する説明はスルーできません。仕方ないので「数式の変形はお分かりいただけますね!」とニヤリと笑い、「4つの物質の濃度が2つの平衡定数を通じて束縛されている」ことをお話しして、考え得るすべての組み合わせで実際の式変形をご覧に入れておきました。お望みの回答ではなかったようですが、[H+] とか [HCO3-]  とか書いてあると、たちまち「そこが分かりにくい」とおっしゃるので、数学だとか計算問題だとかに落とし込むしかなかったのです。でも、私に説明を求めた上司は、さらに上のサル、もとい、上司に説明を求められたのかも。いやぁ、今さらですが申し訳ない。ポリポリ・・・・・・

※ オマケですが、二酸化炭素などの測定は私の担当ではありませんでした。担当の元締めがうまく答えられなかったのでお鉢が回ってきた、とは後で聞きました。

 

それはともかく、高校生の化学の試験問題は、ほとんどが単純な四則演算で解けます(元・水の分析屋さんの恩師のお言葉)。それは化学反応の仕組みから明らかになるはずです。

 

「定比例の法則」と「倍数比例の法則」

11/29 に書きましたが、ラヴォアジェはすべての実験を定量的に行いました。水素と酸素の反応についても、キャベンディッシュの実験を精密に繰り返して、酸素1体積に対して水素2体積が反応して水ができる、というところまで確かめていたそうです。

「定比例の法則」と「倍数比例の法則」をみつけた人たち

プルーストによる「定比例の法則」は、化学反応に関与する物質の質量の割合は常に一定であることを主張するものです(現代的には、化合物の成分元素の質量比は一定である、と言い換えられるでしょう)。まだ化合物と混合物の違いも十分には理解されていなかったし、元素の概念もあやふやな時代です。鉱物の組成などを例にあげて、物質を構成する成分元素の比は、その産地や製法によって異なるのだという反論もありました。
ドルトンは、「酸素はある量の窒素またはその倍の量の窒素と化合するが、その中間の量の窒素とは化合しない」ことを確認しました(NO, N2O, NO2 etc. を見ていたのだろうと思います)。これを一般化したのが「倍数比例の法則」で、化学反応にあずかる元素の質量比は簡単な整数比になる、と主張します。これがやがて原子説につながっていったのでしょう。どこかで見たことがあるでしょう、こんな元素(~原子)記号。

ドルトンの元素記号と考えていた原子量

ドルトンは、異なる種類の原子が結合してできる分子の概念はもっていましたが、「自然はより簡単な秩序を好む」として、水素、酸素などを単原子の状態で考えていたようです(i)。上の図に示した原子量もはずれまくってはいるのですが、それでも化学反応の理解を大きく進める一歩となったことは間違いないでしょう。

(i) この考え方だと水は H2O ではなく HO になってしまい、「酸素1体積に対して水素2体積が反応して水ができる」という、既知の実験結果がうまく説明できません。

反応する物質の量は簡単な整数比になる

いよいよゲイ=リュサックとアヴォガドロの出番。

反応に関与した気体の体積は簡単な整数比になる・・・

ゲイ=リュサックの名が付いた法則は2つあります。一つ目は「シャルルの法則」としても知られる「気体の膨張係数は気体の種類によらず一定」というものです。下線部分の一般化がゲイ=リュサックの業績です。

273分の1 に見覚えがあるのでは

もう一つが「気体反応の法則」で「気体の化学反応で消費あるいは生成した各気体の体積は簡単な整数比となる」と主張します。

もちろん同じ圧力、同じ温度の条件下で

当時のドルトンの原子説ではこのような体積の関係がうまく説明できませんでした。それを解消すべく色々な考え方が提唱されます。それ以上分割できないはずなのに「半原子(2分の1コ)」などの考えまでも登場・・・という混乱ぶりです。
アヴォガドロは「同じ温度、同じ圧力のもとでは、全ての気体は同じ体積中に同数の分子 molecule を含む」と同時に「気体の元素の分子は2個の原子 atom から成る(実は2の倍数ならいくつでもOK)」と考えます。するとこんな具合になります:

私たちの知る反応式も併せて示します

アヴォガドロのこの仮説(Avogadro's Hypothesis)は1811年に提唱されましたが、その後しばらくの間、一部の人以外には広まることがなかったそうです。当時、気体元素の分子は2原子からなる、などということは確かめようがなかったのでしょうから、無理もないことです。しかし、約半世紀の後にアヴォガドロの仮説は再評価され、気体分子の運動論や気体の状態方程式の理論も整ってきます。20世紀初頭には、分子という存在が間接的ながら認められて、ついに「アヴォガドロの法則 Avogadro's law」と呼ばれるようになりました。めでたしめでたし。
※ 同じ温度、同じ圧力、同じ体積 ・・・ これはしばしば「0℃(273.15 K)、1気圧(1013.15 hPa)の標準状態で体積が 22.4 L」となって登場します。理想気体ですけどね。

 

アヴォガドロ定数と「化学の日」

2019年5月20日、SI基本単位(仏:unités de base du Système international)の再定義が施行され、SI (仏:Système International d'unités)の全ての定義が人工物を使った標準、物質の特性、測定方法のいずれにも関連づけられない形で確立されました。この再定義で物質量の単位「モル mol」は次のように定義されました:

1mol は正確に 6.022 140 76×1023 (ii) の要素粒子を含む。この数値は、単位 mol-1 による表現でアヴォガドロ定数 NA の固定された数値であり、アヴォガドロ数とよばれる。

「6 かける 10の23乗」のインパクトを頼りに、日本化学会、化学工学会、新化学技術推進協会、日本化学工業協会の4団体が「10月23日は化学の日」と制定したのは2013年のことです。「6かける」はどこに行った、などとは言わないようにしましょう。

(ii) 高校生が化学の時間に教わるアヴォガドロ数は、いまや定義された値なので誤差はないのです。アヴォガドロ数をより正確にしようとする努力は終わりました。元・水の分析屋さんの世代が習った旧定義は「モルは、0.012 kg の炭素12に含まれる原子と等しい数の構成要素を含む系の物質量である」。質量の基準はキログラム原器であり、炭素12のモル質量も正確に12 g/mol でした(新定義では 11.9999999958(36) g/mol )。

 

サルには分からないと思いますが、化学反応の式の係数が整数なのですから、反応に与る物質の量的関係は整数の比になります。連鎖的な反応式をいくつか並べて、左辺、右辺を加減するときには、整数倍したり和や差をとったりします。多少の技巧が必要なケースはあるでしょうが、恩師の教えどおり、化学の試験は単純な四則演算で解けるのがふつうなのです。

 

次回は「気体の元素の分子は2個の原子からなる」のあたりからお話ししましょう。