alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

「空気」の発見 (1)

ウェブで出合った物理と化学の違い:

○ 物理学は、自然の究極的解明を目指し、すべての階層において、できる限り普遍的な法則を探求する学問。
○ 化学は、さまざまな物質の構造・性質および反応を対象とし、物質世界の多様性を明らかにしようとする学問。

理科系だからね~、でひとくくりにしようとするのは物理の考え方で、やっぱり物理屋と化学屋は違うよね~、というのが化学の見方かもしれませんね。あっ、物理屋さん、ゴメンナサイ。

 

「空気」の発見、と題してしばらく書いていきますが、今回は「フロジストン」の登場までのストーリー。

 

四大元素と四性質 ・・・「化学」以前

四大元素は「火」「気(風)」「水」「地(土)」をいい、古代ギリシャではこの世界の物質はこれらの四つの元素から構成されると考えられていました。四つの元素の間には、「火」は凝結して「気」になり、「気」は液化して「水」になり、「水」は固化して「地」になり、「地」は昇華して「火」になる、という「プラトンの輪」という循環があるとされます。

「よん」ではなくて「し」がふつうです

アリストテレスによれば、四大元素(四原質)と四性質とは上の図に⽰されるような関係にあります。
地は「乾-冷」、水は「冷-湿」、空気は「湿-熱」、火は「熱-乾」の性質をもっています。また、地と水は「重さ」の性質をもち(土は水より重い)、気と火は「軽さ」の性質をもつ(火は空気よりも軽い)とされていました。土が手を離すと落下し、水が低い方へと流れるのは「重さ」のせいで、空気や火(炎)が勢いよく上昇するのは「軽さ」のせいです。「冷-湿」の性質をもつ水を温めると「温-湿」の性質をもつ空気、われわれの言い方では、水蒸気に変わります。このように、四原質は四性質を変化させることによって相互に転換可能となります。
こうした考えは、⾃然界に⽣じている多彩な物質変化を体系的に説明できる一方、「性質」を変化させることで「物質」を別なものに転換できることをも意味しています。いかにも錬金術と仲が良さそうな考え方ですね。

※ 古代の人々がオカルトに取り憑かれていたというのではありません。自然界の諸現象を、重力や質量の概念もなく、化学反応の仕組みも知らない時代の人々がどのように理解しようとしたのか、ここを考えることが大切だと思います。

 

錬金術師の系譜・・・ 「化学」への接近

古代ギリシャの時代から、身近な動植物から高級な染料を作り出そうとしたり、手持ちの金銀を増やそうとしたり・・・は始まっていました。ネット上で得た知識で申し訳ないですが、湯煎用の鍋を「バン・マリー」( bain-marie,仏語)といいます。この Marie は4世紀頃のユダヤ人の女性錬金術師の名前だそうです。錬金術の技法で料理だっておいしく化けるわけです。

錬金術師 ピーテル・ブリューゲル」で画像検索してみましょう。錬金術師のアトリエの様子を垣間見ることができるはずです。何のために使うのかわからないものもたくさんあります。狭義の錬金術は、それらを用いて鉛や鉄といった卑金属から金銀を生もうという試みですが、目的達成のための様々な実験を通して、彼らが予期しなかったであろう発展を遂げました。

まずは、特に有名だと思う錬金術師を三人紹介します。

中世からルネサンス期の錬金術

パラケルススは「医師、化学者、錬金術師」と Wikipedia そのほかに書かれていますが、彼の時代に「化学者」という職業はなかっただろうと思います。医者として尊敬を集めていた人であったらしく、「医学界のルター」という讃辞に対しては「私をあんなくだらない異端者と一緒にするな」と言い放ったという逸話があります(彼はカトリックだったからあたりまえか)。万物の根源は水銀(液体性)、硫黄(燃焼性)、塩(個体性)からなるとする「三原質説」を説いたことでも知られます。さらには、ホムンクルスを作ったとか、賢者の石を持っていたとか。下に書いた「ホーエンハイム」は本名ですが、錬金術師、納得いただけるでしょうか。

ベッヒャーは、すべての物質は空気、水、そして三つの「土」から成るという説を唱えた宮廷錬金術師。三つの土とは「石の土 (lapis fusilis) 」、「燃える土 (terra pinguis) 」、「流動する土 (fluida terra)」をさし、パラケルススの唱えた水銀・硫黄・塩にそれぞれ対応しています。このうち「燃える土」が燃焼をつかさどる元素で、物質とこれとが分離するのが燃焼。あとに残るものは「石の土」の影響を受けており、燃焼するときに溶ける物質は「流動する土」の影響だという考えでした。

※ 水銀・硫黄・塩、いずれも現代でも使われている言葉ですが、ここでは「原質」との関連で用いられています。 Hg でもなければ S でもないし、酸と塩基が反応してできた塩でもありません。

プロイセン王(兵隊王)フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の侍医でもあったシュタールは、ベッヒャーの「燃える土」の概念を下敷きに、燃焼をつかさどる元素「フロジストン phlogiston (i)」を提唱しました。フロジストンの理論の特徴は、燃える物質を「土」とフロジストンの混合物(あるいは結合物)とみなすことにあります。燃える物質の状態は、フロジストンの含有量、結合している残余の物質の性質、結合の仕方によって異なる、と考えます。

(i) 昔は「フロストン」と表記していたものですが、英語のスペルをみているうちに「フロストン」がよさげに感じてきたので、元・水の分析屋さんはさっさと宗旨替えしました。

古代ギリシャ四大元素は、とてもおおらかな考え方だったような気がしますが、その後旧説・旧原理が実験の結果によって否定され、進んだ考え方が登場します。進歩は一方的ではなくて後退してしまうこともありますが、「化学」が誕生する土台が徐々にできあがっていきます。

 

「燃焼」と「フロジストン」

ものが燃える「燃焼」という現象をフロジストンの理論で説明するとどうなるか:

「燃焼」はものの結合が切れる「分解」反応と解釈されます

二つの例を示しました。

反応 Ⅰ は金属の燃焼。金属は、金属灰とフロジストンが結びついたもので、燃焼によりフロジストンが放出されて金属灰が残る。
反応 Ⅱ はイオウ(またはリン:いずれも非金属)の燃焼。イオウは酸とフロジストンが結びついてできており、燃焼によりフロジストンが放出されて酸(亜硫酸やリン酸)が残る。

いずれも、燃焼により「火」の性質をもつ何かが放散されてあとに残るものの性質があらわになる。まさに、燃焼とは分解反応と見つけたり、ということになります。

空気や火(炎)が勢いよく上昇するのは「軽さ」のせいでした。ものが燃えるときに炎が立ち上り、後に灰が残るという日常的な直観にみごとに一致します。近代以降の科学の目で見ても、上の反応を説明するだけならよい仮説であるといえるのではないでしょうか。

こうして、フロジストンの理論は「火」とも結びつく形で幅広い支持を得たのです。

 

次回はフロジストン説全盛の中で認識された「空気」が発見される話。