前回、ラヴォアジェがギロチンにかけられたことを小さく書きました。私たちはギロチンによる処刑をとても残酷だと感じますが・・・いろいろな書物やサイトを参照して簡単にまとめると次のようなことになるかと:
フランス革命勃発直後の1789年8月、フランス国民議会は「人間および市民の権利の宣言」(人権宣言)を制定。内科医で憲法制定国民議会議員だったジョゼフ・ギヨタンは、貴族は斬首、平民は縛り首というように身分によって異なっていた処刑方法を平等にし、あわせて苦痛を伴わず、迅速に処刑できる方法の採用を訴えて、新しい断頭施設を考案。処刑の方法は平等、苦痛を与えるのは残酷。で、みんなギロチンで処刑するのがよかろう、となった。
オマケですが、楽器メーカーとして知られるシュミット社がギロチンの製造特許を有しているそうです。事実であっても目を背けたいことって、やっぱりありますよね。
そんなことより、知っていて損はない、ためになる話を続けましょう。まず、フロジストン理論衰退の話。アルゴン発見まで到達できなくてすみません。
フロジストン説の難点、ふたたび
前回、「燃焼」という現象の理解が進むにつれて、フロジストンは不要になってゆく、なんてカッコいい言葉で終了したのですが、実際の化学史はもう少しギクシャクしながら動いていきます。酸素の発見者とされるプリーストリーでさえ、酸素のことを「脱フロジストン空気」と考えていたのだから無理もないことです。ラヴォアジェの主張が受け入れられるだけの下地はまだ足らなかったといえるでしょう。
金属の燃焼を考えると、次のどちらがよい説明なのか分からないわけです:
○ フロジストン説では「金属灰」と「フロジストン」が結びついて「金属」であったところ、分解反応によって金属灰が残りフロジストンはどこかに行ってしまう。
○ ラヴォアジェの新説では「金属」と「oxygène」が結合して「金属灰」ができる。
しかし、ラヴォアジエの説ではうまく説明できない現象はいくつもあったようです。たとえば、キャベンディッシュは、金属に酸を加えるとフロジストン(現代の目で見れば水素)が発生する現象を観察しましたが、これはフロジストン説で簡単に説明できてしまいます。
金属灰の結びつく相手がフロジストンから酸に代わっただけですね。私たちには分かります:金属とオキシジェーヌが「結合」して金属灰になる、その結合の意味が問題なのです。道のりは遠いですね。
水素を仲立ちにして理解する ~ 子不語怪力亂神
寡黙で人間嫌いな性格だったというキャベンディッシュは、今日的には水素(可燃性空気)の発見者として知られる人。その名前はケンブリッジ大学の「キャベンディッシュ研究所」に残っています。ノーベル賞受賞者を20人以上輩出していることでも知られます。
それはさておき、プリーストリーは空気と「可燃性空気」が混じった状態で火花を飛ばすと水ができることを知り、キャベンディッシュもこれを確かめました。ラヴォアジエはこれを、可燃性空気と空気中のオキシジェーヌの結合によって水が生成された、と解釈しました。水は「元素」ではなく、酸素と水素の二つの気体からできている、ということになります。
一方、キャベンディッシュは水素をフロジストンと結びつけて考えていて、最終的に次のような理解にたどり着きます:
水素 = 水 + フロジストン
酸素 = 水 − フロジストン
両辺を足し算すると、水素 + 酸素 = 水 になります。これでうまくいったようですが、ここまで到達すると、大変なことに気づきます。フロジストンなしで「水素 + 酸素 = 水」を認めればもっと簡単ではありませんか。ムツカシイ話をこねくり回してフロジストンを擁護することはないのです。理屈は簡単な方がよい。
※ ラヴォアジェは、キャベンディッシュの実験を精密に繰り返して、酸素1体積に対して水素2体積が反応して水ができることを確認していました。精密な実験によって、中学生が習う「2H2 + O2 → 2H2O」という量的な関係まで知っていたわけです。
論語「述而」に「子不語怪力亂神(子、怪・力・乱・神を語らず)」とあります。理性では説明のできないこと、不思議な現象や存在、そういったものについては語らない。元・水の分析屋さんは、これを現代の科学に通ずる極めて合理的な態度だと思っています。結果論ではありますが、フロジストンも語る必要がないものだった、といえるのではないでしょうか。
フロジストンを肯定的にとらえる立場と否定的なとらえ方に傾く立場と。どちらも現代の「化学」につながるものではありますが、「宮廷錬金術師」のような権威になびくことはよろしくないようですね。
次こそはアルゴンを発見しましょう。