alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

トリチウムは水素 トリチウム水は水

最近注目を集めているワードに「トリチウム水」があります。実は、元・水の分析屋さんは環境放射能関連の分析もやっていました。そこで、僭越ながら今回はトリチウムをめぐる話題。

 

トリチウム」は水素

「水兵リーベぼくの船・・・」とか唱えて周期表の元素の名前とその記号を覚えた人は少なくないと思います。元素とは、ある特定の原子番号Z)をもつ核種の集団です。核種とは原子核の種類のことで、陽子と中性子の数で決まります。原子核を構成する陽子と中性子の合計の数、言い換えると核子の総数を質量数(A)といいます。したがって、中性子の数は A-Z です。下に示すのは原子核の種類(核種)までを意識したふつうの窒素の表現の例。


おなじみ質量数14の窒素原子

元素記号の左下に原子番号、左肩に質量数を小さめの数字で書きます。元素記号 N によって窒素であることがわかり、原子番号 7も特定できるので、実際には省略可能。そして、原子番号が同じで質量数が異なる核種が同位体です。同じ元素なので化学的な性質は同じですが、原子核レベルでは中性子の数が違う、ということになります。


さて、原子番号1の水素には、質量数1~3まで3種類の同位体があります。原子番号を省略した形で表にまとめました。

質量数1~3の水素の同位体(安定に存在する H, D の存在比が合計100%)

元素記号 H の左肩に質量数 A が振ってあります。Z(p) は陽子 proton の数すなわち原子番号N(n) は中性子 neutron の数です。水素の 99.9885% は原子核は陽子1個だけで構成されている質量数1の 1H(Hydrogen; H)。原子核が陽子1つと中性子1つで構成される 2H(二重水素 Deuterium; D)の存在比は0.0115%にすぎません。そして、安定して存在する水素の核種はこの二つで、存在比はここまでで100% と表現しています。
原子核が陽子1つと中性子2つで構成されるのがトリチウム 3H (三重水素 Tritium; T)で、これは半減期 12.33年でβ崩壊する放射性核種です(負の電荷をもつ電子を放出することを強調して β- と書いています)。水素の放射性同位体ですから、質量数が中性子2つ分違うだけ。トリチウムも水素であることに変わりはないのです。

 

トリチウム水」は水

水の分子 H2O は水素原子2つと酸素原子1つで構成されています。酸素もいくつかの同位体をもっていますが、安定して存在する核種は質量数が16, 17, 18 の3つで、そのほかの同位体は極めて短寿命の放射性核種です(半減期が一番長い 15O で120秒程度)。安定な3つの核種を表にまとめました。

質量数16~18の酸素の安定同位体

水の分子は上で紹介した水素と酸素の同位体で構成されるのですが、ほとんどが安定同位体同士の組み合わせになることがわかります。問題視される「トリチウム水」とは、普通の水素1つ、トリチウム1つと酸素の組み合わせの HTO のことで、同位体を区別しないで表現するとこれも  H2O。トリチウム水も水であることに変わりはないのです。

 

さて、福島第一原子力発電所で発生した放射性物質を含む水は、ALPS (Advanced Liquid Processing System; なぜか和訳は「多核種除去設備」)で処理されて、主な放射性物質が除去されます。除去されるものは 137Cs, 90Sr などに代表される金属元素のほか、放射性のヨウ素 129I なども含まれます。処理水ポータルサイトによれば、9月28日現在、1,338,771 m3 がタンクに貯蔵されているとのことですが、関連情報のそこかしこに「トリチウム以外の放射性物質」と書かれています。そう、トリチウム水も水なので、水分子に入っているトリチウムは ALPS のような化学的な手法では除去できないのです。

かといって、時間とともに放射性壊変で減っていくのを待つわけにもいきません(半減期12年を2回ですべてなくなるのではなく、1/2, 1/4, 1/8, 1/16, ... と減るだけなので時間がかかりすぎます)。放出する処理水のトリチウム濃度は 1,500 Bq/L 未満で、国の安全基準 60,000 Bq/L の約40分の1未満、WHO の飲料水基準 10,000 Bq/L よりも低いと強調されていますが、トリチウムを除去できないので、希釈してから放出するのが最も現実的な解決策(*)、という判断になったのでしょう。

 

(*) 2023年度の放出計画のありか(2023/10/04 参照)は

https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/_assets/images/measurementfacility/release_plan.pdf

また、濃度の安全基準だけでなく、放出する総量も管理して処分することになっていて、こういうのは「垂れ流し」ではなくて「管理放出」と呼ぶのがお約束です。

 

次回は、処理水の放出をめぐるリスクの評価を考えたいと思います。