alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

海水の化学組成と塩分

社会人になった水の分析屋が最初に与えられて、その後30年以上続けることになったのは、海水に溶けている酸素や栄養塩(*) を分析する仕事。こういう物質がどこでどのような働きをして、結果的に海洋生物を養うのか、そのカラクリを解明する。チョコザイにも、自分も寄与するのだと意気込んでおりましたが・・・

(*) 植物プランクトンの成長を支える窒素、リン、ケイ素の化合物を栄養塩といいます。陸上植物の肥料の3要素は、「チッ素・リン酸・カリ」ですが、カリウムは海水の主成分。その代わりに植物プランクトンの一種であるケイ藻が必要とするケイ素が入ります。

今日は、地球の水の大半を占めている海水の化学組成について。

 

海水に溶けている物質 

海水 1 kg に溶けている固形物質の全グラム数を「塩分」といいます。たとえば、本州南方、黒潮の強い流れを横切ったあたりの海面海水を 1 kg もってくると、35 g ほどの物質が溶けているはず。では、それがちょうど 35 g となった場合の化学組成をご覧ください。

塩分 35 の海水の化学組成

Wikipedia 英語版の「Seawater (海水)」の掲載図に和訳を書き込んでみました。水 965 g に 35 g の物質「塩類」が溶けており、これが塩分 35 ということです。一般の雑誌や新聞記事などでは「塩分濃度」という表現をよくみかけますが、海洋学では「塩分」としかいいません(新聞記者さんにはいくら説明しても「塩分濃度」って書かれてしまいます 泣)。

さて、海水から作られる食塩の主成分は塩化ナトリウムですから、塩素とナトリウムが多いのは納得でしょう。それに続くのは、マグネシウム、カルシウムとカリウム。主成分はアルカリ金属とアルカリ土類の塩化物と考えてよさそうです。地球上で豊富に存在するイオウの酸化物からくる硫酸塩も比較的多いです。

「その他の微量成分」には、上に紹介した栄養塩のほか、有害なものも含めて様々な微量金属、生物の排泄物や死骸に由来する有機物などが入ります。精密に測定できるならば、天然に存在する元素92種類の大半を海水中から検出できます。出てこないものは、安定な同位体がないテクネチウム(Tc, 原子番号43)とプロメチウム(Pm, 原子番号61) くらいのものです。

 

電気伝導度で塩分を測る

こうしてみると、海水はいろいろな物質を実によく溶かしています。海水に溶けている物質が配位結合を作ったり、ほかの物質の解離を助けたりして、何でも少しなら溶ける状態になっているためでしょう。

海水の化学分析の業界では、海水をポアサイズ(**) 0.5μmくらいのフィルタで濾過してフィルタ上に残るものを「粒子態」、水とともに通り抜けたものを「溶存態(溶けた状態)」とする便宜的な区分がしばしば用いられます。「溶液」の定義が世間的な考えと違うことになりますが、海水はそこそこ濃厚な電解溶液になっているのです。

(**) 膜にあけた孔の大きさ。これよりも小さい粒子がフィルタを通過できる。

また、面白いことに、外洋の海水の組成は海域や深さによらずほぼ一定であることが知られています。とすれば、海水中の電解質の存在比も一定。海水の電気伝導度を精密に測定すれば、電解質の濃度、ひいては塩分が測定できることになります。実際そのようにして測定されるのが「実用塩分尺度 practical salinity scale (pss)」による塩分で、本来の定義「海水 1 kg に溶けている固形物質の全グラム数」による塩分(絶対塩分 absolute salinity とほとんど差を生じないようにできています。ただ、化学を志した身としては、物質の濃度から離れた測定法なので、あまりうれしくはないです。

 

なお、実用塩分尺度は「無名数」なので数値だけ示せばよく、単位を pss のように記述する必要はないのですが、現実には専門家の間でも「実用塩分単位 practical salinity unit 」が流通しており、多くの論文で psu という単位が登場する事態になっています。まあ、実害はほとんどありませんが。

 

※ 次回は海水という塩水の物性について書きたいと思います。