alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

海は気候を制御する

経験とは、それを必要とした後で得られるものである

                   「マーフィーの法則」より

 

・・・・・・うまいこと言いますね。でも、命まで持って行かれるわけでなし。せっかく得た機会を忖度や遠慮によって逃すことはない。面白そうならチャレンジしたいもの。

 

今回は、海洋の莫大な熱容量の話。

 

大気と海洋の熱容量

熱容量は、ある物体の温度を 1 K (℃ ではなく、ここは SI単位の K でいきます)上昇させるために必要な熱量のこと。その物体の比熱と質量の積で、単位は J K-1 になります。ここではまず、大気と海水の熱容量をざっと計算しましょう。

※ 学校の先生なら「これは宿題!」と言い出してもおかしくないですが、元・水の分析屋さんは自分の覚え書きにするつもりなので・・・

空気の比熱は 1.0×103 J kg-1 K-1。海水の比熱は純水よりも小さいとされますが、高々数%の差なので純水の比熱 4.2×103 J kg-1 K-1 のままにします。

大気の質量は、地球の表面積(地球の平均半径を R として 4πR2)の上に、1気圧(1013.25 hPa)の空気が乗っかっている、と考えれば求められます(重力加速度 g=9.8 m s-2 でOK)。これはわかりやすい。

海水の質量も計算できます。まず、地球の表面積の 70.8%が海で、深さが平均 3729 m(10月2日の記事を参照)とすれば体積がわかります。あとは海水の平均的な密度を 1025 kg m-3 (こちらは9月29日の記事から)とでも仮定すればOKです。あるいは、純水の密度 1000 kg m-3 を使って水だけの質量を求めておき、平均的な塩分(溶液として濃度 35 g kg-1 くらい)を仮定した溶存物質の全質量を加える、のもありかもしれません。

どちらにしても、桁数を間違えなければ大きな差は生まれないはずです。途中の計算は省略しますが、大気と海水の質量は、有効数字2桁でそれぞれ 5.1×1018 kg, 1.4×1021 kg といったところです。

以上から、比熱に質量を乗じた熱容量は、大気 5.1×1021 J K-1 , 海水 5.9×1024 J K-1  となり、3桁違うことがわかりました(*)。5.1 と 5.9 の差に目をつむれば、海水全体の熱容量は大気の1000倍。これは、大気の温度を1℃、もとい、1 K 上げるのに必要な熱量を海洋全体に均一に与えると、海水の温度は1000分の1 K しか変わりません、ということ。海は暖まりにくく冷めにくい、です。

(*) 1021 ,  1024 が登場しています。ゼタ Z, ヨタ Y の出番です。桁の違いだけに目を向ければよいのですが、まさに与太話といえるかもですね!

昨日、海洋が大気に比べて圧倒的に多くの熱エネルギーを蓄えてきたことを紹介しましたが、海面水温も気温も同程度の上昇率でした。海面付近だけで相当量の熱エネルギーを引き受けた結果といえます。海洋は莫大な熱容量によって、地球全体の規模で温度変化を抑制し、ひいては気候変化を制御しているのです。

大気と海洋の熱容量の比較

 

北日本は同緯度なら日本海側が暖かい

海が暖まりにくく冷めにくい、これは北日本の気候からも感じることができます。東北地方と北海道の太平洋側には親潮日本海側には対馬暖流が広がっています(**)。

(**) 海洋学の業界では、暖流、寒流の区別にこだわる人はあまりいないようです。また、親潮対馬暖流も黒潮のような強く明瞭な流れではないので、個人的趣味により「広がっています」と書きました。

そこで、海に面した地域の気温を同緯度で比べれば日本海側の方が太平洋側よりも温暖であることを主張したいと思います。さすがは気象庁、気象台やかつて測候所があった地点の長期にわたる観測データがそろっています。ほぼ同緯度の4組の地点に着目です。


太平洋側:

釧路(42°59.1N), 宮古(39°38.8N), 気仙沼(38°54.5N), 小名浜(36°56.8N)

日本海側:

寿都(42°47.7N), 秋田(39°43.0N), 酒田(38°54.5N), 高田(37°06.4N)

 

これで年平均気温の平年値を比較してみると、結果はご覧のとおり。

北日本は同緯度なら日本海側が暖かい

図の背景になっているのは、JAXAひまわりモニタによる2023年5月の月平均海面水温です。今年は三陸沖に黒潮から連なる暖水が北上して、例年よりも高水温になっていますが、まあ、それはおいといて。寿都と釧路、酒田と気仙沼では2℃差、秋田と宮古はほぼ1℃の差で、いずれも日本海側の勝ちです。高田と小名浜のペアでようやくほぼ同じになっていました。

親潮常磐沖まで南下してきていても、そのときに陸からの風が吹いていれば低温になることはないですし、対馬暖流系の暖水に面していても、海からの風が吹いていなければ特に暖められることはないはず。それでも一年を通じてみれば、海水温は沿岸域の気温にこのくらいの影響を及ぼすということがわかります。

また、表中の年平均気温は10年ごとに更新される平年値を2つ前のものから示してありますが、すべての地点で更新されるたびに平年気温が上昇しています。言葉は慎重に選ばなくてはいけませんが、北日本全体での長期的な気温上昇、地球温暖化の一側面が見えていると言いたいところです。

次回は、地球全体でのエネルギー蓄積の要因、温室効果気体(温室効果ガス)の話。