alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

日本海の潮の満ち干

元・水の分析屋さんの高校生時代、理科の4科目(物理、化学、生物、地学)は、理科系志望だと物理・化学、文化系志望だと化学・生物の組み合わで履修するように勧められていたと記憶しています。おお、地学はどこへ行ったやら。変わり者の誰かさん、数学「Ⅲ」を放棄して物理・化学・地学を「Ⅱ」まで履修しました。結果オーライではありましたが、やはり、よい子はマネをしない方がいいと思います。

さて、令和の時代になっても地学はあまり人気がないようです。潮汐について学ぶ機会を得ないままに高校を卒業するんですね~。まさか、そのせいではないでしょうが、気象庁の「知識・解説>潮汐・海面水位の知識>潮汐の仕組み」のページ、「起潮力」を説明する図のすぐ下にこんな図があります:

赤い枠は元・水の分析屋さんが囲ったものです

この図は、起潮力が大きいときに海面が上昇する、つまり月が南中するころか、その半日(12時間)後に満潮になるという状況を描いています。満潮・干潮が1日2回ずつという説明もそこからきているのでしょう。しかし、それはしばしば現実とは違っています。うまく説明できるケースの方が少ないくらいです。

太平洋に面している静岡県御前崎の満干潮に関するデータ、つい先日の満月(望)前後の大潮期を拾い出してみましょう。

満干潮の時刻あたりに矢印をつけておきました

満干潮は、ほぼ教科書どおり、だいたい半日周期で訪れています。満潮の潮位は大体そろっていますが、干潮の方は昼間に比べて夜中が低潮位になっていることが気になります(いつか機会があれば理由を説明しましょう)。ま、そこまではよいとして。

干潮は日付が変わるころとお昼の時間帯ですが、満潮は朝6時ころと夕方17時~18時ころになっています。満月が南中するのは真夜中で日付が変わる時分ですが、南中のころと約半日後に干潮となり、満月が月の入り・月の出になる朝夕に満潮となっているのですよ。最初に出した図のイメージと全然あってない、ほぼ逆パターンですね。どうしてくれるんだい、責任者出てこい・・・いやいや、中学生までの知識で分かってもらうのは甚だしく困難だと思います(i)

ともあれ、気象庁のページ、起潮力を、地球が月と地球の共通の重心の周りを公転することで生じる「遠心力」で説明していたところを「慣性力」でに改めたのはよいと思いますが、それならついでに満干潮が起潮力に瞬時に応答して生じるような平衡潮汐 equibilium tide のイメージも払拭してほしかった。

(i) そもそも、万有引力の法則が理解できてないと起潮力の説明のところからしてムリ。ましてや、平衡潮汐論からの「はずれ」まで理解してもらうのはもっとムツカシイ話。

 

まあ、少なくとも、このような比較は考えておいてよさそう:

月による起潮力が半日周期でピークを迎えるのだから、地球の周の約 40,000km を 12×60×60 秒 で移動するとみてその速さは1000 m s-1 程度。潮汐波動の伝播の速さは水深 H のとき√(gH) だから、重力加速度 g を 10 m s-2 太平洋の水深 H を4000mとみて200 m s-1 くらい。起潮力のピークの方がずいぶん先に進むので、潮汐波動は追いつけるはずがないのです・・・地球の表面が全部海ならこの考え方がスタート地点になるのだろうと思います。

潮汐の現象は元・水の分析屋さんの専門外ですが、起潮力は地球の自転による半日の周期で変動し、潮汐はその外力により海水が運動する(周期性があるので振動です)強制振動と考えられ、位相が90度ずれることもこの理論で説明できるということです。

 

さて、日本海潮汐波動はどのように振る舞うでしょうか。

 

まずは日本列島周辺の様子から

水深 H のとき波動(長波)の伝播速度は √(gH) だとさっさと書いちゃったので、これは知っている前提で。深いところほど速く、浅いところではゆっくり伝わります。

日本列島周辺における、月による起潮力のおおよそ半日周期(12.42時間)の成分、M2 分潮(主太陰半日周潮)の振幅(色と白い破線)と等潮時線(同時刻に高潮・低潮になる場所を結んだ線で、図では位相30度ごと)を示します。

日本海南西部に無潮点があります

暖色系のところは振幅が大きい、つまり、M2 分潮による潮位差が大きいところで、東シナ海黄海オホーツク海などの岸寄りなど。見えにくいのですが、有明海や瀬戸内海も実は赤い。基本、浅いところは波動の屈折・反射による干渉で振幅が大きくなりやすいようです。
等潮時線が放射状に出ている点は「無潮点」といい、その周りを左回りに進んでいます。無潮点では(M2 分潮の)振幅はゼロ、海面の上昇・下降が生じません。図から分かるように、日本海南西部に無潮点がありますが、そこから日本海の中に向かう等潮時線は1本だけです。

 

日本海はそこそこ深い海なので・・・

さて、日本海です。まずは日本海の海底地形がよく見えるきれいな図。MIRC さんから頂戴しました。ありがとうございます。

MIRC (Marine Information Research Center) 「日本近海海底地形図・鳥瞰図」から

前回の表にまとめたとおり、日本海の出入り口となっている海峡は浅いですが、周囲は切り立った地形になっています。最深部は3700mほどあり、真ん中に盛り上がった大和堆を2500~3000mくらいの海盆が囲んでいます。山陰から北陸にかけて多少陸棚が広がってはいますが、日本海全体の平均深度は1700mくらい。面積(97万8000 km2)の割にはそこそこ深い海です。

※ そんな比べ方かと言われるのを覚悟で。太平洋の面積は 1億6500万 km2、平均深度は 4200m ほど。面積が3桁違うのに、深度は1.5倍に過ぎない。大小の比較だけではなく、「造り」も違うのだと思ってください。

平均深度 H=1700m なら、潮汐波動のスピードは c= √(gH) ≒ √(10×1700) ≒ 130 m s-1 。おおよそ 470 km s-1 と見積もられます。対馬海峡から津軽海峡西口までの距離は 1100km ほど。潮汐の波動は2時間ちょっとあれば届きますね。なるほど、等潮時線が1本しかないわけです。そして、それは日本海全体の潮位が1-2時間の範囲でほぼ同時に変動することも意味します。

潮位の差は小さく、潮時の差も小さい

隠岐・西郷、佐渡、深浦(青森県)の3地点の2021年10月5~7日の天文潮を上図に示しました。日本海の南西から北東に向かって、満潮・干潮が1時間くらいずつずれて進行しています。満干潮の潮位差も20cmくらいしかないですね。
京都府が海に面していることを知らない人がいるみたいですが、京都府与謝郡伊根町丹後半島の「伊根の舟屋」は、日本海の潮位変動が小さいからこその風景です。伝統的建造物を是非ご覧あれ。

 

日本海の潮の満ち干:日本海全体の潮位変化はほぼ同時に起こっていて、満干潮の潮位差は小さい。今回はこの辺で。

 

満干潮が1日2回でない話に続く・・・