alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

「大体の数」を使って理解しましょう

前回の塩素の原子量の計算ですが、望む結果が 35.xx と分かっているのですから
「b) 36.97×0.2423 = 8.95783 → 08.95783」 と、整数部分を2桁に合わせるくらいの工夫はしてほしいですね。足し算するときに小数点以下の桁数が変わってしまうのはどう考えてもまずいです。もっとも、そうしたって最後は 35.44 → 35.4 になっちゃいますから、「途中計算」は端数処理なしで進めるべきだと思います。何よりも塩素の原子量が有効数字3桁で 35.5 になってくれないのが一番困ります。

 

今日の話題は「大体の数」、小学生は習わないだろうバージョンです。

 

まず桁数の違いで比較する

元・水の分析屋さんが高校生だったころ、アボガドロ数や電気素量など、覚えるとよさそうな物理定数は、やたら有効数字の桁数が多い指数表記でした。当然ながらすべての桁を覚えるようなことはしません(i)NA = 6.022 140 76 ×1023, e =1.602 176 634×10-19 のところ、「6.022×1023」とか「1.602×10-19」で覚えました(実質、赤いところだけです)。化学の試験の計算問題は、原子量や諸定数はあらかじめ与えられているのがふつうで、そうでないときも「有効数字3桁で答えよ」なので4桁あれば足りますから。

(i) π の値を延々と暗唱できる人のような記憶力(術)は持ち合わせてないので(笑)

さて、指数表記 [仮数 × 指数] になっている数値は、大小の比較が簡単で、有効数字が明示的であることが特長でした。さっそくですが、大小を比較してみたい数値をいくつか紹介します:

月、地球、太陽

まずは、月、地球、太陽に関連する数値です。有効数字4桁にそろえてみました。地球と月の大きさは、指数部分がどちらも 3なので、それほど違いがないことが分かります(4倍弱であることは仮数部の割り算で)。惑星と衛星の大きさがこのくらいしか違わないのは、太陽系では地球と月だけらしい。火星とフォボス衛星は250倍を超える違いがあり、木星とガニメデで27倍くらい、土星とタイタンで約23倍、海王星トリトンでほぼ18倍といいます。

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、地球と月の平均距離(平均公転半径)は38万ン千キロ。指数部が 5ですね。各数値の比を保って位置関係を示してみましたが、ずいぶん離れているように見えます。また、地球と太陽の平均距離は1億5千万キロで、指数部は 8になってます。10の3乗だと 1000倍違うのですが、仮数部をちらっとみて数百倍と見積もるものでしょうか。いずれにしても、太陽は図のはるかに外ですね。

月食は、太陽・地球・月の順番でほぼ一直線に並んで、太陽光でできた地球の影に月が隠れる現象。日食は、地球から見て月が太陽の前を横切るために、月で太陽の一部(または全部)が隠される現象。上図で大きさと位置関係を見てしまうと、どうしてそんなことが実現できるのか、ちょっと不思議になってきます。

教科書などに出てくる図は、大きさも距離も、実寸法とまったく関係なく描かれています。物事の仕組みの理解を助けるための図ですから、強調、誇張が行われるのはあたりまえです。こういう図のイメージを引きずってはいけない場面があるということだけ頭の片隅にとどめていただきたいです。

気象庁の知識・解説のページより「潮汐の仕組み」の図

 

「大体の数」を計算してみる

IPCCの第6次評価報告書(AR6)によると、1971~2018年の間に地球全体に蓄えられたエネルギーは 324.5~545.3 ZJ (ii) の範囲にあります。いかにもマジメそうに引用してますが、この中間値 434.9 ZJ をネタにしてちょっとお遊びしてみましょう。

(ii)  Z (ゼタ zeta) は 1021 を意味する接頭辞。ZJ は 1021 J のこと。

成人男子が1日に必要とする熱量は 2,000 kcal だそうです。世界人口はついに80億人を上回ったようですが、そのすべてが成人男子だとして(ホントにそうだったら人類滅亡間違いなしです)、434.9 ZJ でどのくらい養えるものか考えましょう。計量法では、人や動物が摂取したり代謝で消費する熱量に限って「カロリー cal」を使ってよい、とされており、1 cal = 4.184 J と定義されています。まあ、こんなところで有効数字4桁なんて必要ない、「大体 1 cal = 4 J 」でいきます。

2,000 kcal = 2×106 cal = 8×106 J で、80億人 →  8×109 人ですから、1日に必要な熱量は 8×106 ×8×109 =64 ×1015 J になります(計算の途中なので仮数が2桁でも気にしないでください)。ここでズルいと言われるのを覚悟で 64×7 =448 だから 「434.9 ZJ は大体 448 ZJ」だと思っちゃいましょう。すると、(448×1021) ÷ (64 ×1015) = 7×106 日分、となります。さらに、1年は 365.2422日なんてカタいことは言わずに、「1年は大体350日」でいいじゃないですか。指数表記で 3.5×10日と書けば分かりやすい。(7×106) ÷ (3.5×102) で 2×104 年。以上、おおよそ2万年分の熱量をまかなうことができる、と見積もれるわけです。

※ うまいこと割り切れるように数を選んでて、インチキだとおっしゃる方もおられましょうが、このくらいザックリ考えることができると少しだけ幸せになれると思いますよ。

 

もうひとついきましょう。そのうち当ブログでも解説したいと思っておりますが、海洋の深層に及ぶ大循環「ブロッカー Broecker のコンベアベルト」を紹介します。

大体の話ですが、深海の流動を青、表層の流動を赤で示しています

大西洋の北部のグリーンランド周辺では、冬季に高塩分の海水が冷やされて密度が大きくなり、海底付近まで沈み込みます。また、南極周辺の海域では、海水が凍るときに塩分が押し出されることで高塩分の冷たい水ができて、これも密度が大きいので深層へと沈み込みます。深層に沈み込んだ水は、南極を周回する流れに乗って、インド洋、太平洋に入り、アラスカ湾方面で湧き上がって表層に戻ってくる、とされています。この循環をコンベアベルトになぞらえているのです。
断っておきますが、大体の様子を描いた図なので、カリブ海方面やインドネシア周辺では、表層の流れが上陸しているのか、などというカタいことを言ってはいけません。話題にしたいのは、この循環が一周するのに1000年以上の時間を要する、というところです。流動の平均的なスピードを見積もってみましょうか。

地球の周囲は約4万キロメートル。流路がぐねぐね曲がっていることを考慮して(笑)「大体50000km」とみておきましょうか。この距離を 1000年で移動するとして 1年で 50 km、50,000 m です。1年は 365×24=8760時間ですが、まあ、「大体10000時間」でいいじゃないですか。50×103 ÷ 10000 ということは 5 m/h、時速5メートルですね。1時間は 60×60=3600 秒ですが、ここでも「大体5000 秒」だと思えば、結局およそ秒速1ミリ、1 mm s-1 くらいのものでしょう。

世界中の海洋をめぐる流れの速さが毎秒1ミリ。読んでくださった皆様、イメージできましたか。