alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

3桁区切りの世界

元・水の分析屋さんの公務員生活が始まったころ、担当する仕事の予算は「千円」単位で処理していました(83,000 円 → 83 千円)。たくさん積み重ねると痛い目に遭うこともありますが、とりあえず450円とかには目をつぶる仕組みです。もう少し広範囲の業務をまとめる立場になると「百万円」単位の予算資料を作り、ときには「十億円」単位で書かれた資料も目にするようになる。「大体の数」だから仕方ないのですが、十万円くらいのお金は端数、誤差範囲。で、東京都や国の省庁の予算規模なら「兆円」単位です。12/17 の記事に書いた日経新聞の見出しは、千億未満を切り捨てちゃいました。大谷選手の契約金でも端数扱いギリギリです(笑)。
さて、「100円200円、そんなものの領収書、ホントに必要?」とか発言した政治家さんが話題になりました。研修と称して党費を使ったパリ観光(エコノミーでも数十万円かかる)を疑われた方々、研修成果報告や会計報告はお済ませでしょうか。1000万円のキックバック、現金手渡しでやりとりする議員さんたちの金銭感覚にも驚きます。必要経費で落ちるはずが、何このお金、って会計担当から突き返されるような世界などまったくご存じないご様子。子供の頃からお小遣い「345千円」とかもらっていたんでしょうかね。

 

数値の話題を続けます。命数法とSI 接頭語。

 

「十億トンだと分かりにくい」らしい

地球全体に蓄えられたエネルギーや、世界中の海洋をめぐる循環について書こうとすると、そこかしこで日常生活の感覚とは違う桁の数値を扱うことになります。大気・海洋・大地と生物圏をめぐる炭素も、地球全体でみると莫大な量になります。本来同じはずの模式図を二つ比較しましょう:

IPCC AR4 より 炭素循環 (Carbon Cycle) の図

下が IPCC AR4 の Figure 7.3 でこれが原図、上が 環境白書にも掲載された日本語版、気象庁提供の図です。う~ん、これは面白い、実に面白い。

表示された数値を見ると0 の数が違います。で、左下に示された単位ですが、"Reservoir sizes in GtC", "Flux and Rates in GtC yr-1" →「貯蔵量 億トン」「交換量 億トン/年」と訳しています(i)。"G" は十億倍を表す「ギガ giga」。分かっているならそのまま和訳して「十億トン」「十億トン/年」 でよさそうなものですが、気象庁さん、なぜか一桁ずらしてしまいました。担当職員はストレートに和訳するに決まっておりますから、幹部職員のどなたかが「十億トンでは分かりにくい、億トンにせよ」と指示したに違いない・・・そのお立場で「百万円」「十億円」の予算資料も分かりにくかったとすると、さぞかし辛いお勤めだったでしょうね!

(i) ついでに指摘しておきますが、日本語版で「億トン」となっているところは「億トン炭素」のはず。 炭素は循環するうちに色々な化合物に姿を変えますから、その行方を追跡するときには、含まれる炭素だけに注目した「炭素換算量」を用います。図の "GtC" がその単位です。たとえば、二酸化炭素の分子量は 44で炭素の原子量は12なので、二酸化炭素として 44 Gt あれば 12 GtC に相当します。最後の C を省略してはいけない。いらない文字は入ってないのですよ。

ともあれ、国際的に認知された図に示される数値を「分かりにくい」といって一桁変えるなんて、理不尽なことこの上ないと思います。日常感覚をはるかに超越した数値の単位が「億」であろうと「十億」であろうと、幹部職員や議員先生や大臣閣下の理解度に違いが生じるわけがありません。ビールの消費量が「霞が関ビル何杯分」だとか、大平原の面積が「東京ドーム何個分」だとか説明されたところで、飲みきれないなぁ、見渡す限りやなぁ、くらいしか感じられません。誰だって似たような感覚のはずです。長い役人生活の中、「分かりにくい」というご意見は耳タコになるだけ聞かされたものですが、「そりゃあおおごとじゃ」という理解さえ得られれば必要十分なのだろうと考えます。実際、説明にあがった私にだって実感はないのです m(_ _)m

 

単位にくっつく「SI接頭語」

上では「億トン」なんかをイジりましたが、この「トン t」は重量(しばしば質量と混同して用いる)の単位で、SI 基本単位「キログラム kg」の 1000倍です。1 t = 1000 kg。キログラムは「グラム g」の1000倍。ちゃんと g に 1000倍を表す接頭語 k (kilo) が付いた形になってます。FMラジオ電波の周波数は「メガヘルツ MHz」、100万倍の接頭辞 M (mega)。ちなみに、1 Gt = 1 Pg (peta gram ペタグラム) 、これで P を見かけることがあるかも知れません。

小さくなる方の接頭語も見ていきましょう。容積の単位「リットル L」に対して「デシリットル dL」。「メートル m」、「センチメートル cm」、「ミリメートル mm」まではおなじみか。1 m = 100 cm = 1000 mm ですね。気圧を表す単位は「ヘクトパスカル hPa(ii)」。圧力を表すSI組立単位パスカル Pa」に100分の1 を表す「ヘクト h」が付いてます。

(ii) 昔々の気圧の単位は「ミリバール mb」でした。「バール bar(ダイン毎平方センチメートル dyn cm-2 に由来)」に1000分の1を表す「ミリ m」が付いているのですが、この単位で表現した数値を変えないように選ばれたのが hPa です。

気をつけたいのは、算数で教える割合や野球の打率には「割」がありますが、これが決して一般的ではないことです。「九分九厘」確実のとき「九割」はどこにいった、なんて言いません。とまあ、いろいろありますので表にまとめました:

※ 元・水の分析屋さん調べです。大きい方はかなり確からしいですが、それでもほかのサイトとは違うところがあるかも

小さくなる方は1桁ごとに呼び方がありますがここでは省略

SI に「十」「百」「千」倍の接頭語はありますが、104 の「万」倍にあたる接頭語はありませんね。103 からは 1024 まで 3桁区切りの接頭語が用意されていますが、そんなの関係なく 4桁区切りの命数法は続いています。仏教用語からきていて、なかなか思いつかない桁まで用意されております。

3桁区切りの接頭語の最後は「ヨタ: Y (yota)」。元・水の分析屋さんのネタですが、こんなに大きくて訳が分からない数字で話さなくてはならない、これはまさに「与太話(ヨタばなし)」です・・・ウケないかぁ・・・

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、指数表記のススメの一方で、SI接頭語の使用もお勧めしたいと思うのです。「×10n」を(n が3の倍数のときだけですが) k, M, G, T とか m, μ, n, p, f とかの 1字で済ませることができますし、有効数字をあまり気にしない場面なら、仮数部分だけで話を進めるのに便利です。

 

小数点以下も3桁区切り

小さい数値の方は一桁ごとに呼び方が変わるのですが、上の表では3桁区切りのところを主に紹介しています。「須臾」とか「刹那」とか、ごくごく短い時間を表す言葉でよく使われます。

漢文の時間に習うと思いますが、劉廷芝 の 「代悲白頭翁」より:
  宛轉蛾眉能幾時       宛轉たる蛾眉 能く幾時ぞ
  須臾鶴髪亂如絲       須臾にして鶴髪亂れて絲の如し

どんな美女でもいつまでもそのままではいられまい

たちまちのうちに糸のように乱れた白髪頭になってしまう

もうひとつ、徒然草の第九十二段「ある人、弓射ることを習ふに」より:

道を学する人、夕べには朝あらんことを思ひ、朝には夕べあらんことを思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。いはんや一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。なんぞ、ただ今の一念において、直ちにすることのはなはだかたき。

「この戒め、万事にわたるべし。」に続く文章でした。

さて、前に SI 基本単位の定義を紹介したのですが、登場する諸定数の数値が、小数点以下も含めてコンマなしの3桁区切りであることにお気づきでしたでしょうか。

光速度 c = 299 792 458

○ アヴォガドロ定数 NA = 6.022 140 76×1023 

プランク定数 h = 6.626 070 15×10-34 

日本やイギリスでは、整数部と小数部の境界の目印、小数点 decimal point としてピリオド "." を、整数部の3桁区切りにコンマ ","  を用いますが、フランスなどでは小数点 séparateur décimal がコンマで整数部の3桁区切りがピリオドだそうです(そんなん知らんがな・・・)。こういう混乱を避けるため、SI では「小数点はピリオドでもコンマでもよいが、3桁ごとの区切りはスペース space に限る」とされています。これ、世界標準です。覚えておきましょう。

 

文字数が多くなって申し訳ないです m(_ _)m