alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

親潮と黒潮の間で (3)

10/30 に掲載した図の中に「親潮千島海流)」「黒潮日本海流)」と書かれておりました。図をもう一度載っけておきます。

(再掲図:海流の名称にご注目)

親潮千島海流ともよぶ、黒潮日本海流ともよぶ。これは社会科(地理)の業界だけのことみたいです。海洋学の論文では 親潮 Oyashio、黒潮 Kuroshio があたりまえですし、英語をふつうに話す人たちに Chishima Current とか Japan Current とか言っても通じないのではないかな。子供たちに植え付けるべき知識とは思いません。教科書にのせる必要だってないだろうとブツブツ言っていますが、いかがでしょうか。

ついでですが、日本海側の「対馬海流」にもブツブツ。こちらは「対馬暖流」の方がよいと思います。なぜなら、その流れの続きを見ると、津軽海峡を抜けるのが「津軽暖流」(函館在住の私としてはこれを特に重視したい)、宗谷海峡を抜けるのが「宗谷暖流」とよばれているから。「暖流」にそろえちゃえばいい。ですが、多くの人に利用されている Wikipedia は「対馬海流」「津軽暖流」「宗谷海流」と表記しています。若干の混乱があるようでもあり、著者が違うから仕方ないようでもありますが・・・

 

今回は、親潮水と黒潮水が徐々に混じっていくような話。

 

親潮黒潮、出会ってまもなくのギスギス感

教科書参考書的には、三陸沖で親潮黒潮が出会う/ぶつかるわけですが、その後の水の行き先はどこでしょう? 流入してきた水と釣り合う量の水が流出するのでないと、その海域にある海水の量が変わってしまいます。親潮前線と黒潮続流の間にある水は、後ろから流入する分だけ東へと流れ去るしかありません。矢印が出会ったところで終わっているのは、教科書参考書にはその後のことが描かれていないからです。

では、東へと流れ去る間にどんなことが起こるのか。気象庁のページからいただいた図を見ながら説明しましょう。

https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/index_obs.html から取得できます。

まず、11/4 に登場させた釧路南東線、2019年に観測された断面図です。

気象庁による2019年の釧路南東線の観測結果から水温・塩分の断面図

親潮域を100m深水温5℃で判断するなら、40°30′N あたりが親潮前線ということになりそうです。塩分の図を見ると、親潮前線の南側の400m深付近に S<34.1 の塩分極小が潜り込んでいます。赤い点線を入れてみました。水温の図の同じところに黄色の点線を入れてありますが、塩分極小の位置は等温線と対応していないことが分かりますね。また、塩分極小付近の等塩分線があまり滑らかではなくて、小さなコアも散在していることに注意しておきましょう。

キャベリングやソルトフィンガーなどの作用もあって、両者は混じり合いつつあるものの、まだまだギスギスしてよそよそしい雰囲気でしょうか。

 

親潮黒潮、混じり合ってなじんだ結果

次は、本州はるか東方の東経165度線、こちらも2019年に観測された断面図です。

気象庁による2019年の東経165度線の観測結果から水温・塩分の断面図

釧路南東線の北端は北海道に到達する 43°Nですが、東経165度線は 52°Nまで伸びています(i)。この航海では50°N以南を観測しておりますが、南端も 33°Nまで伸びていて、断面図の範囲がかなり違います。おまけに鉛直方向のスケール表現も異なっていますのでご注意ください。

(i) カムチャッカ半島に到達できれば・・・とか、欲を出せばきりがないのですが、観測定線の設定には、観測船の航続可能日数や他国の排他的経済水域など、いろいろな制限要因があります。思いつきで出かけて、関係国の了解もなく勝手に観測するわけにはいきません。

釧路南東線で注目した塩分極小は、40°N付近では400m深付近にあります。35°Nでは600-700m深まで潜り込んでいて、それ以南にも連なっているようです。極小層周辺の等塩分線は比較的滑らかで、小さなコアはほとんどありません。

一方、水温の図をみると、おおむね5℃以上の暖水が北へと広がっているイメージではないでしょうか。塩分極小の場所に赤い点線を入れ、水温図の同じところに黄色の点線を入れておきました。今度は塩分極小が水温5-6℃の層にほぼ重なり合っていますね。塩分の小さなコアもみられないようです。

釧路南東線では十分に混じり合っていなかった塩分極小層の水は、東経165度線まで流れてくるまでに徐々に混じり合って、水温5-6℃で塩分が34くらいで極小になる水ができあがったようですね。化け屋さんとしては、塩分の拡散・混合は物質の移動なので、時間が必要なのだと解釈しております。

親潮水と黒潮水、両者が三陸沖で出会ってから、ずいぶん遠くまで移動し、それなりの時間も経過して形成されたこの水は「北太平洋中層水 North Pacific Intermediate Water」(ii) とよばれます。水温5.5℃で塩分34の水の密度は 1026.8 kg m-3σ26.8 です。

(ii) 北太平洋中層水は、その密度と塩分極小で特徴づけられる水塊だと考える人が多いのですが、低温・低塩分の水と高温・高塩分の水の境界を見ているのだという説もあります。元・水の分析屋さんは前者の立場で仕事をしてきたので・・・

 

次回はこの σ26.8 の水のことをもう少し詳しく書きたいかと。