パ・リーグのクライマックス・シリーズのファイナル。今日の第5戦を終えて、ついに「3勝3敗」で並びました(i)。ファイターズの「下剋上」なるか、というところ、テレビ観戦での応援でとても忙しい日々を送っています。明日も忙しいはずなので、今回は蓄えておいた話題をいくつかご紹介・・・で勘弁してくださいませ。
(i) ホークスにはアドバンテージの1勝があります。このたびみずほペイペイドームで戦った成績はファイターズの3勝2敗です。そうです、勝ち越しているんです。明日も北海道から思い切り応援します。
○ 水野 太貴 氏 の論説: 意外なところに「コミュニケーションの地域差」は隠れている
「日本人」とか「日本語話者」というとどうしても同質的な集団をイメージしてしまうが、それは幻想だ。同じ日本国内でも、地域差は想像以上に大きく、そして思ってもいないところに潜んでいるのだ。
ある研究によれば、東北や九州の一部地域では、「ありがとう」の代わりに、「助かった」とか「よかった」を用いて喜びを表現する傾向にあるそうです。「自分のことだけ言って、お礼の言葉はないのか」と思ってしまうかも、ですが、出身地による違いだと分かれば、受け取り方も変わるでしょう。
日本国内の選挙で「日本人ファースト」という意味不明のキャッチフレーズ。叫び続けた方に「日本人」の定義を問いたいのですが、どうやら有耶無耶にするつもりらしい。霞ヶ関界隈、永田町界隈・・・における「コミュニケーションの地域差」は・・・あっては困るんですよね。特に、同じ言葉がいつの間にか違う意味になるのは、何とかなりませんかね~
○ 古谷 経衡 氏 の論説:テレビを捨てる日本人
所謂(いわゆる)「フジテレビ問題」でスポンサーのほとんどが撤退したが、それによる影響はそろそろ広告代理店やスポンサーが把握するところであろう。フジ 一社分の広告がなくても売り上げが変わらないのであれば、他局への広告出稿も同様になる。人々がテレビを真剣に見ていない以上、そこでの広告効果は無意味なのだ。テレビ番組があまりに低クオリティーなのがすべての因(もと)なのである。
今年の4月に書かれた文章ですが、テレビの構成作家が古谷氏に「なにか面白いことはないでしょうか」と聞いてきた、といいます。もちろん、クリエーターとしての能力はない、と酷評されていました。視聴者の立場から言わせてもらうと、人気のある芸能人をずらっと並べておいて、過激な演出をすれば面白くなると思ったら大間違い(ii)。いくら娯楽番組だといっても、芸人とアイドルのバカ騒ぎなら見る価値なしです。
(ii) 番組の改編期になると「○○スペシャル」のオンパレード。撮ったけれど使わなかった場面を再編成してでも、コスパをなんとかしようとしているのであれば、完全に見透かされていると思いますよ。
○ 酒井 順子 氏 の論説:制服とエスカレーター ― 社会を覆う暗黙のルール ―
日本では、「みんな違って、みんないい」「ナンバーワンよりオンリーワン」「自分らしく」などと、各時代で「それぞれの個性を大切にしましょう」と訴えられてきました。しかしそのフレーズを唱えることすらも「みんな」でしてしまうため、「みんな同じが楽」との感覚を持つ人々の再生産は止まりません。
制服のない中学校の生徒さんが「私はチノパンをはいていきたいのですが、誰も着ていないので勇気が出ません。どうしたらいいでしょう」って言う。酒井さんが「一人だと勇気が出なくても、友達と一緒なら大丈夫かも」といったアドバイスをしたところ、その後「いつもは着ない明るい色とか、違う形の服を皆で着てこよう」という「私服の日」みたいなのができた・・・あれっ? 私服の学校なんでしょ?
そして、急いでいる人のためにエスカレーターの片側の列を空けるべし。この暗黙のルールを破る方が「2列でお乗りください」という正式ルールを破るよりも怖いのでしょう・・・ うんうん。勇気ある行動は、よく叩かれますから。
元・水の分析屋さんの経験。謎の仕事が降ってきたとき、「どんな法律のどの条文に基づくことなのでしょうか?」と質問して、上には説明済みだからという理由で、みごとに流されたことがあります。こういう、時に法律さえも無視されてしまう組織の中で、個性的な人を育てようなんて、どだい無理な相談ってものですよ。エラい人からすると、個性的な人物が増えると、扱いづらいのでしょうし。
○ 竹内 智子 氏 による記事:なぜワニはカピバラを襲わないのか?
カピバラは群れで生活し、ジャガーやアナコンダなどの天敵が近づくと、特有の鳴き声で周囲に危険を知らせる習性がある。この警報システムは、ワニを含む他の動物たちにとっても有益だ。そのため、カピバラを襲うより、そばに置いておくほうがサバイバル上有利だと判断されている可能性がある。
カピバラは世界最大のげっ歯類で、成獣になると体重は60kgを超える。つまり、ワニにとってカピバラは獲物としてサイズが大きく、捕食するには手強いうえに、魚などと比べて捕食効率が低い。そのため、「わざわざ狩る価値がない」と判断されている可能性もある。

カピバラは他の動物を威嚇したり、警戒心を煽るような行動を一切とらない。この穏やかで平和主義的な性格のおかげで、周囲の動物たちにも自然と仲間として受け入れられる傾向がある。
もちろん、すべてのワニがカピバラに友好的なわけではなく、稀に襲う事例もある。しかし、捕食者であるワニとも共存してしまうカピバラの親和力は、動物の世界にも「共に生きる」という選択肢があることを教えてくれる、実に興味深い一例である。
昨今の人間の世界を見るにつけ、何とも深い味わいのある、示唆に富んだ視点だと思います。ゆる~く生きているように見えますが、それが生存戦略であるとしたら。
今日はここまで~