alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

これは地球温暖化じゃあないんですか? (下)

夏の甲子園に出場した広陵高校野球部の “いじめ” が発覚。1年生部員が複数の2年生部員から暴行を受けていたことを親族が告発しました。便器や性器を舐めることを強要したり、金銭を要求したりすることもあったようです。

この告発が拡散され、批判の声が多く上がり、広陵高校は1回戦に勝ったものの、その後の出場を辞退しました。広陵高校の校長が記者会見を行いましたが、「生徒、教職員、地域の方々の人命を守ることが最優先」だとして、激化する誹謗中傷、生徒への追いかけ行為、そして寮への爆破予告といった脅威から、「苦渋の決断」だったと述べています。

高校野球と関係ないところで起きたことであれば、暴行傷害および恐喝事件でしかない。ところが、高校生スポーツ(野球に限ったことではない)がらみになるとしばしば、学校側による内部調査 → 主催・運営組織への報告 → 厳重注意(このたびの事例)でチャンチャン、という流れになります。重大な非行であり、警察沙汰であったはずなのに、加害者たちは短期間の出場停止のみ。家裁のお世話になって退学でもおかしくないですけどね。被害者は転校しているといいますが、これは事を大きくしないように取り計らったにちがいない・・・と想像させてくれます。

校長も校長です。「人命を守ることが最優先」だなんて、まるで「決着済みの話を絶妙なタイミングで拡散された被害者」みたいな態度です。学校内(もちろん寮も含む)で犯罪行為があったのに、高校野球の業界内部で「穏便に」処理しようとした結果、こうなったんですけど。教育者であるならば、誠心誠意 謝罪するところから始まらないと。

私たちが中・高生だった頃、野球部には「ケツバット(バットで尻を打つ)」という罰則がありました。もちろん、そんな殴られ方をされるような/するような謂われはなく、ただ単に「ご機嫌ナナメだった上級生が、下級生に暴力をふるっていた」のです。

“いじめ” という教育業界の専門用語で一括りにして済ませるような事ではないと思います。もっとひどいこともあっただろうし、昔も今も大して変わっていない様子。まずは事実関係を明らかにしていただきたい。それさえできないなら、「学生スポーツは教育の一環」などとという言葉は、あまりにも虚しい。

 

昔は「集中豪雨」と言ったものだが

8月に入ってからというもの、日本付近に停滞前線が横たわって、列島のどこかで雨が降る日が続いています。しかも、「しとしと」と降る雨ではなく「ザァザァ」降りになることが多い。各地で大雨による浸水害や土砂災害が発生しています。「線状降水帯」が発生した九州や北陸地方では、「避難指示」や「緊急安全確保」の情報が矢継ぎ早に発信されていました。

気象庁によりますと、線状降水帯とは「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300km程度、幅20~50km程度の強い降水をともなう雨域」です。

気象庁のウェブサイトにある模式図

以前は、「梅雨前線の停滞や台風の接近等を原因として、狭い範囲に数時間に渡って降る大量の雨」を「集中豪雨」と言ったものです(i)。前線や台風が近づいても、雨雲が発達しなければ雨にはなりませんから、「線状降水帯」は雨の原因を明確に絞り込んだ定義だと言えるかもしれません。

(i) 気象庁のページにある「集中豪雨」の説明は「同じような場所で数時間にわたり強く降り、100mmから数百mmの雨量をもたらす雨」。ちなみに、「集中豪雨」を最初に用いたのは、1953年(昭和28年) 8月15日の朝日新聞夕刊(大阪本社版)の「集中豪雨 木津川上流に」という見出しだそうです。そう、マスコミが作り出した言葉であって、天気予報その他で気象庁が使う用語ではないのです。もしかしてだけど、「線状降水帯」という名称には、気象の専門家としての意地みたいなものが込められているかも。

 

集中豪雨、ゲリラ豪雨、線状降水帯・・・増えてませんか?

とあるサイトで見つけた変な説明。

集中豪雨とゲリラ豪雨が発生する原因は同じ「積乱雲」ですが、その数によってどちらの雨になるかが変わります。

・・・こういう説明は混乱の元。雨をもたらす積乱雲の数で呼び方が変わるなんて、おかしいですよね? 書いた人、積乱雲がいくつまでゲリラ豪雨なのか、何個を超えたら集中豪雨になるのか、のように自問することはなかったのでしょうか? ゲリラとは「主として不正規兵による遊撃的な戦闘、またはそれを行う戦闘部隊(大辞林)」です。強い雨がどこに降るか分からないからゲリラと呼んだだけのこと・・・というのが元・水の分析屋さんの見解です。しかし、「分からない」と公言するのはちょっと辛い。気象庁が「ゲリラ豪雨」→「局地的大雨、集中豪雨など」と言い換え/書き換えすることにしているのは当然でしょう。

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、子供の頃に比べて、局地的に強い雨が降る、または降り続くことが多くなったと感じるのは私だけでしょうか。実は、これも地球温暖化の一側面かもしれない現象なのです。

地球温暖化によって、地球全体の平均気温は長期的に上昇しています。ある温度の空気が含みうる最大量の水蒸気がもつ圧力を「飽和水蒸気圧」(ii) と言い、気温が高くなるほど飽和水蒸気圧は上昇します(下表を参照)。つまり、気温が上がれば空気中にはより多くの水蒸気を含むことができる。一度に雨となって降る量も多くなりそう。

WMO でも採用されている Sonntag の式による値

風が吹けば桶屋が儲かる」的ですが、十分ありそうな話ですね。雑な表現ですが、強い雨は発達した雲から降ってくる。雲の材料になる水蒸気が空気中に増えると、雲が発達しやすくなり、強い雨が降る可能性も高くなる。地球温暖化による気温上昇は、強い雨の頻度を増大させると考えられています。

(ii) 飽和水蒸気圧を計算する式は何通りもあって、国際的に統一されているわけではありません。ここでは WMO(国際気象機関)が採用し、日本でも JIS 規格に取り入れられている Sonntag の式による値を示しました。ほかの式を使っても、実用上影響があるほどの差はありません(30℃以上で hPa 表示の小数第二位に違いが出る程度)。

 

降水量の「偏り」が拡大する

さて、集中豪雨、ゲリラ豪雨、線状降水帯など、比較的短時間のうちに強い雨が降る現象は増えているらしい。その一方で干ばつや渇水といった、極端な乾燥状態になる現象も多発しています。実際、この夏も、水田がカラカラになっていた地域が局地的豪雨に見舞われるという現実を目の当たりにしたところです。

冷静に考えると想像できることですが、ある地域で降水量が増えるということは、どこか別な場所で蒸発量が増えているのです。降水量と蒸発量がよいバランスに保たれる保証なんてありません。日本国内程度の広がりだけでなく、地球全体を見ても両極端の現象が多発しているようです。降るところと降らないところの差が大きくなった・・・とにかく偏りが大きいのです。

IPCC の第5次評価報告書(2013-14年に公表)から持ってきた図をご覧ください。

IPCC AR5; Figure 3.4 を加工

これは、海面塩分(Sea Surface Salinity; SSS)に関する図で、

左上 (a) 1955-2005の気候値。北太平洋の真ん中に35の等値線があるが、大西洋には37のグリグリがあることに注目。大西洋の方が高塩分なのです。
右上 (b) 1950-2000の年間(蒸発量)から(降水量)を引いた値の分布。
左下 (c) 季節変動とエルニーニョなどの影響を除去した 2008-1950 の塩分変化。
右下 (d) (2005; 2003-2007の5年平均)-(1975; 1960-1989の30年平均) の塩分差。

が示されています。

海面塩分は、まず、蒸発量と降水量のバランスで決まります [(a), (b)]。海面の水は海流などで比較的容易に移動し、混合もしますが、そうした作用よりも強く影響しているのです。ところが、近年の塩分の変化は、もともと高塩分のところがさらに高くなり、低塩分のところがより低下する傾向を見せているようです [(c), (d)]。こうして、塩分の分布はいっそうメリハリのきいたものになってゆく、言い換えると、コントラストが強化されることになります。海の上でも降水の分布は極端に偏っている。これは、気候システム全体にわたって水の循環が変化してきたことのひとつの表れと解釈すべきことでしょう。

地球温暖化なのですから、気候システム全体にわたる変化が生じるのは当然か。

 

今日はここまで~