わたくし、血液型は B 型です。B 型はイヌがそうであるように「自分ルール」をもつといわれています。
論理的に成り立たない話をして平気な人たちなんか、どんなにイジり倒しても構わないというルールもいいですよね?
【産経新聞の記事から】
選択的夫婦別姓について:
作家の竹田恒泰氏は10日の衆院法務委員会に参考人として出席。参政党の吉川里奈氏の質問に答えた。
吉川氏は、「私は結婚して3人の子供がいるが、結婚したときに夫の姓を押し付けられたと感じたことは全くない」として選択的夫婦別姓に反対の立場を明確にし、制度が実現した場合の社会への影響について参考人にただした。
竹田氏は、選択的夫婦別姓について「日本の1億2千万人が家族としての一体感をどんどん失っていく。払うべき代償があまりにも大きい」と述べ、改めて否定的な見解を示した。学校の例を出し、「学校の名前がないチームが甲子園でどうか。学校としての一体感や、背負うものはない」と語った。推進派に関し「名前にこだわっているからこそ選択的夫婦別姓なのだろう。ところが、進めていくと、家の名前がなくなっていくという問題がある」と断じた。
さらに、「選択的夫婦別姓に賛成する方たちは、ほぼ例外なく女性天皇、女系天皇を主張する」と述べた。「皇室で選択的夫婦別姓が具体的に選択されたらどうなるのか。また、LGBTにしても、とことん尊重するということになれば、女性なのに『私は内面が男だ』という皇族が誕生した時に、皇位継承権はどうなるのか。いろいろなことがある。皇室に選択的夫婦別姓や LGBT などを持ち込んでいけば、混乱する。そういう意図があって言っているかは分からないが」と語った。
選択的夫婦別姓について訊かれた参考人でしたが、学校名がないのに甲子園に出場したら・・・とか、意味不明なたとえまで持ち出して、支離滅裂な議論を展開。学校名がないのに野球部だけが存在するとでもいうのでしょうかねぇ。挙げ句の果てに、皇室関連のまったく違う話題に飛んでいってしまいました。たぶん、話の流れで、この際一言申し上げたくなったのでしょう。あるいは、論点ずらしなど日常茶飯の政治家の世界、そのように仕向けた人がいるのかも知れません。
ま、竹田氏は旧皇族のお家柄ですから、平民たちのことも皇室のことも、元・水の分析屋さんなんかとは違う、どこかねじれた感覚でお考えになるのでしょう。それにしても「皇室で選択的夫婦別姓が具体的に選択されたら・・・」以下はまさしく噴飯物です。天皇家には苗字(姓)などないですよね(古くは、姓は天皇から賜るものであったわけで)。こんなたわけた話に国会の議論の時間を割くとはなにごと・・・産経新聞さん、ここがツッコミどころではないのでしょうか。それとも、産経新聞社としては、吉川市も竹田氏も、選択的夫婦別姓に反対だからいい(i) のでしょうか。
(i) 国会で青島幸男が決めたからいいのだ、のレベル。全国紙としてはとても素敵だと思いますwww
また、質問者の吉川氏自身は、3人の子供がいるが夫の姓を押しつけられたとは感じていない。だから選択的夫婦別姓は必要ない、という論法。私たち夫婦も子供 3人育てましたが、あなたに何人子供がいようと、知ったことではないです。何のアピールなんでしょうか。数学、論理学の試験なら完全に失格です。そして、「私が何とも思っていないのだから、皆さんも同じように感じればいいだけでしょう」ってことですから、もはや論理としての体をなしていない。
姓が変わることで不都合が生じる場合もあるなど、まったく理解しようとしていない。国会議員という立場でありながら、意見の違う人と話し合う気などまったくない。夫婦別姓反対の議員ばかりで話し合ってきたから、みんながそうあるべきだと勘違いするのでしょう。まあ、「徒党を組んで」という評価でよいかと。
ちなみに、〇〇セットの「ち××わ」や新発売のゲーム機。欲しがるちびっ子たちは「みんな持ってる」っていいますが、「みんな」を具体的に聞き出すと(ii) せいぜい 5-6人。国会議事堂にも 5歳児がいっぱい、という理解でよろしいでしょうか。
(ii) それほど裕福なわけじゃないので、「みんな」のお望み通りには買ってやれないのですよ・・・ m(_ _)m
あれ? 5歳で議員さんになれるわけないよね? じゃあ、実年齢を偽っているのでしょうか。顔は老けてますが、オツムだけは 5歳? ・・・もうええわ。失礼しました~
フラクタルはなぜ素敵だったのか?
さて、「なんと素敵なフラクタル」シリーズの始まりは 2025/05/25。「まだ教科書さえなかった」という中見出しを付けておきましたが、海面水温場の画像を見て、こんなにモヤモヤでは「このへん」が 10℃ という等温線は引けない、と気付いてしまった話。
衛星画像が存在するからには、解像度の最小単位「ピクセル」ごとの水温は分かっています。しかし、すぐそば(隣)のピクセルの水温との違いはしばしば大きい。そうなると、滑らかな等温線は引けません。ものすごく入り組んでいたり、ピクセル一つでくるっと閉じてしまったり。理論上、それでもよければ引けるわけですが、それを「詳しい図だ」なんて喜んでくれる人はいません。何かの指標にしたくなる 5℃、10℃などの等温線が「このへん」に引けないようでは・・・
元・水の分析屋さんがまだ若手であった 40年ほど前のこと。「フラクタル」や「カオス系」を学ぶことができる教科書はほとんどありませんでしたが、「日経サイエンス」(日経BP、 'Scientific American' の和訳)、「数学セミナー」(日本評論社)などに登場する刺激的な記事を読んでおりました。何か応用できるネタはないだろうか。
そんな中、海岸線の長さを測定する話に出合って、それはそれは興味深かったので、のめり込んでいきました。こんな考え方です:

青森県から岡山県のあたりまでの本州の海岸線。奥行きの深い湾を持つリアス海岸もあれば、どう削れたのかのっぺりした海岸もあります。こういう海岸線に(もちろん、詳細な地図を使います)ディバイダを当てて、等間隔に刻んでいきます。左側は「話にならんわ・・・」ですが、右のようになると「もしかしたらよい近似ができるかも」と期待してしまいますね。本当にうまくいくでしょうか。
「フラクタル」の創設者、マンデルブロの論文(iii) に当たるといたしましょう。
(iii) 5/25 にも書きましたが、「サイエンス Science」誌。Mandelbrot (1967) : How long is the coast of Britain?, Science: 156, 1967, 636-638. です(pdf は容易に入手可能)。3ページほどしかありませんが、その内容は衝撃的です。
マンデルブロは、気象学者として有名なリチャードソンが「海岸線/国境線の長さ」をディバイダの刻みを変えながら測定した、驚きの結果を引用しています。

驚きの結果とは、海岸線/国境線の長さは、あてがうモノサシの大きさ次第。細かく測定すればするほど、いくらでも長くなる ・・・ です。
グラフの上の話にすると、海岸線/国境線の図形としての次元を D とすれば、長さ vs 長さ の両対数グラフで、できるだけプロットにフィットするよう、えいやっ、と引いた直線(iv) の傾きが D-1 を与える、ということです。
(iv) もちろん、えいやっ、とやるよりは「最小自乗法」できちんと計算した方がよいです(報告物や論文であれば、そこをやり損ねたらアウトかも)。でもね、きちんと計算して決めた線と、えいやっ、とやった線、実はほとんど差が出ないのですよ。手慣れた人の「目」は確かなものです。
図中、「●」でプロットされた 'CIRCLE' 円 の測定結果をみると、ディバイダの「刻み幅」を小さくしても、あるところから先は「全長」がほとんど変わらなくなります。赤い破線を引いたところは傾きが 0 ですから 1次元。これは、円を多角形で近似していく話を考えれば納得できるでしょう。
ところが、'WEST COAST OF BRITAIN' ブリテン島西海岸 の「全長」は、「刻み幅」を小さくすればするほど伸びていきます。そのほかの海岸線/国境線('SOUTH AFRICAN COAST' 南アフリカ海岸 は別のようです)についても、直線の傾きこそ違いますが、左肩が上がっているところは同じです。このグラフは 1km 刻みまでで終了していますが、もしかすると、刻み幅を小さくすればするほど、それにつれて海岸線の全長は長くなる・・・ということなのか。これがフラクタルはとても素敵だと思った理由。お分かりいただけるでしょうか(笑)。
ともあれ、これは「コッホ曲線」の長さを考えているのと何だか似ています。コッホ曲線の場合は、刻み幅を 1/3 にするたびに、全長が 4/3 倍になっていました。そこで d= log 4 / log 3 = 1.2618595… と考えた。一方、リチャードソンの測定では、刻み幅を一定の比率で変えているわけではないですが、刻み幅と全長との両対数プロットを作れば、「ミニチュアの大きさ」と「図形全体」とを対数スケールで比べていることになる。コッホ曲線のときと同じ考え方だと言えるのです。
今日はここまで~