ちょっと出遅れた感はありますが、「選択的夫婦別姓」の件:
超党派の保守系議員でつくる「日本会議国会議員懇談会」(会長・古屋圭司元拉致問題担当相)は19日、国会内で家族制度を考える勉強会を開催した。自民党と日本維新の会から代理出席を含め計75人が出席し、選択的夫婦別姓制度を導入することによる子供への影響などについて意見を交わした。
会合では、家族法に詳しい長崎大の池谷和子准教授が「選択的『夫婦別姓』は強制的『親子別姓』です-親子別姓は何をもたらすか」と題して講演した。出席者によると、池谷氏は別姓制度導入によって夫婦別姓が親子別姓、兄弟別姓になっていくことは、子供の発達に悪影響が出る可能性があることを指摘したという。
講演後には質疑応答が行われ、出席者からは「個人が先立ち過ぎてしまうと家族の一体感や、社会の安定性が損なわれることになるのではないか」との意見が出た。別の出席者は「従来の戸籍制度は非常に優れた制度だ。しっかりと残していくことを考えるべきだ」と主張した。
同懇談会では、一昨年に家族プロジェクトチーム(PT)を立ち上げ、家族制度に関する議論を重ねてきた。
山谷えり子・家族PT座長(自民)は会合後に記者団に対し、別姓制度に関して「家族や社会のあり方に大きく影響する問題だ。選択的だからといって、その人だけの問題ではないという視点で進めることが大事だ」と述べた。 【産経新聞の記事】
選択的『夫婦別姓』は強制的『親子別姓』・・・論理の飛躍も甚だしい。「味噌も糞も一緒」、という言い方で合っていますかね。選択制だと行っているのに、それは強制だとおっしゃる。こんなヘンテコな理屈を振りかざす人(i) が「家族法に詳しい」だなんて、俄(にわか)には信じがたいです。結婚すると、夫または妻のどちらかの姓にしなくてはならないという、現行の制度の方が強制的なのではありませんか? 明治になるまで、多くの人は「苗字」「姓」とは縁がなかったのでしょう? ネット上では「庶民が政府から苗字の使用を許された」などという表現がよく見られるのですが、明治8年(1875年)の太政官布告「平民苗字必唱義務令」が根拠ですね。許されたのではなく、義務づけられたのが真相ではないか。
(i) 長崎大学の研究者詳細情報のページによると、このセンセイは 2022年の第20回神道政治連盟時局対策連絡会議で「選択的夫婦別氏制度導入で何が変わるのか―子供への影響の視点から―」と題して講演されています。性同一性障害や児童虐待防止に取り組んでおられる一方で・・・・・・。この先はやめておきますか。
明治3年(1870年)の、姓を名乗ってよいとする「許容令」が先行してはいますが、許容したところで、従来そんなん必要としなかった庶民が、われもわれもと苗字を名乗るはずもない。結局、戸籍という制度を作るに際して、姓・名がそろわないと何かと不便だったから、義務化したのではないでしょうか。戸籍に記載するのに、住所プラス長助・熊五郎・八兵衛とか、マツ・タケ・ウメとかでは、個人を特定するのに不十分なのではありませんか。学校に行かせるにも、税金を取るにも、徴兵するにも、これでは困る。で、官のご都合であったことは間違いないのです。元大臣のKさんなら、マイナンバーがあればそういう問題は解決できると主張されるかも、でしょうが。
また、「個人が先立ち過ぎてしまうと家族の一体感や、社会の安定性が損なわれる」なんて、余計な心配をする人にもあきれ果てています。せっかく結婚して同じ姓を名乗ったのに、その後一体感がなくなって離婚する人のなんと多いことか。で、離婚後は子供の養育費も払わず、困窮する母子家庭を作っているケースさえあります。社会の安定性が夫婦同姓によって支えられるという主張には根拠がない。そもそも、夫婦同姓でなくてはならない国は、ほぼ日本だけだそうですが、諸外国には家族の一体感はなく、社会も不安定だとお考えなのでしょうか。まあ、「家族の一体感」や「社会の安定性」という聞こえのよい言葉を持ち出して、何のことを指しているのか具体的に述べることはないのでしょうから、たぶん、中身はもともと相当希薄だとみています。
ついでですが、「戸籍制度はしっかりと残していくべきだ」に至っては、戸籍をなくそうとしているのでもないのに、何言ってるの? です。戸籍には、夫婦、親子、それぞれをフルネームで記載する。それだけで概ね解決ではないのですか。あれこれ言う人もいますが、現行法の解釈変更や一部改正で対応できるはずですね。
最後になりますが、山谷えり子氏(ii) の「家族や社会のあり方に大きく影響する問題だ。選択的だからといって、その人だけの問題ではないという視点で進めることが大事だ」というまとめ的発言も、大いに問題ありだと考えます。というのも、ここには「従来どおりで困るような人は少ないはず」で「そんな少数派にとやかく言われたくはない」といった意識が透けて見えるから。青い字のところだけを裏返しにして、夫婦同姓が強制的だからといって、社会全体の問題ではないという視点で進める、とやれば、家族制度を考える勉強会とかいう集団の考え方になりそうな気がします。世界の中では夫婦は同姓であるべきという考え方が少数派なのですが、周りが見えないままでいると(あるいは周りを見ないで暮らすと)少数派であっても困ることがなくて幸せなのでしょう。
(ii) 政治家さんにはありがちなのですが、山谷氏も民社党 → 民主党 → 保守新党 → 自民党 と乗り換えてきた人です(その前のタレント時代はどちらかというと「リベラル」だと記憶)。その時そのときの所属政党(&派閥)によってお考えがコロコロ変わるのかなぁと思います。自らの政治信条がなんであれ、国会議員という地位さえしっかりしていれば・・・・・・。この先はやめておきますか。
元・水の分析屋さんは、親子・兄弟で苗字が同じであることと、家族としての一体感があることとは、まったく別だと思います。家族に内緒で大きな借金を抱えてしまうようなオヤジやオフクロとは縁を切りたいのがふつうです。俺に内緒で田畑を売り払ってヘンな団体に寄付したり高価な壺を買ってしまったりする兄弟姉妹ももちろん願い下げです。そして、姓が変わるとそれまでの個人の業績が行方不明になるといった、個人的な理由で結婚をためらう人が不利益を被っても平気な政治家さんも引退してほしいです。
2500文字を超えています。数学話を出そうと思っていましたが・・・これも番外編です。目くじら立てないでね。