alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

「親潮の面積」を考える

発達した積乱雲の雲頂は、しばしば圏界面(対流圏の頂上)に届きます。つまり、地球の多くの場所で、空気は地表付近から圏界面まで対流で動くことがある。しかし、積乱雲に伴って発生する現象は、人間の生活の場にとてつもない被害をおよぼすことはあっても、空間的な広がりをいえば局所的です。

一方、海洋で対流が発達しても、海底にはなかなか届きません。「ブロッカーのコンベアベルト」のところで述べたはずですが、ガルフストリーム起源の高塩分水が冷却されるグリーンランド周辺の海域、南極周辺で沿岸ポリニヤが形成されるような海域で作られた高密度水だけが海底付近に到達できます。こうした海域、全海洋に対する面積は微々たるものですが、全球にわたる循環を形成して、物質とエネルギーを輸送します。

大気と海洋。海面をはさんで対称的な現象も生じますが、やはり非対称なもの・ことが多い。海洋の現象に対する理解がなかなか進まないのは、私たちが大気の中で生活しているからです。海で生活する生き物たちは、大気のことなど気にかけてはいないのでしょう。おあいこです。

 

親潮」とは何か・・・おさらい

2023年の10月~11月に「海の恵みがもたらされる仕組み」とか何とかで、親潮黒潮の話をしておりました。今回は久しぶりに「親潮」でお笑いを一席申し上げましょう。

まず、簡単におさらいです。

黒潮 Kuroshio は、東シナ海を北上して、九州と奄美大島の間のトカラ(吐噶喇)海峡から太平洋に入り、日本の南岸に沿って流れて房総半島沖に達する海流です。本州を離れて東に向かう流れは、黒潮続流 Kuroshio Extension と呼ばれます。

親潮 Oyashio は、千島列島沿いに南下して、北海道南方から日本の東方まで達する海流です。その後東に流れ去る部分を、親潮続流 Oyashio Extension と呼ぶ人もいます。

黒潮親潮、どちらも海流としての名前であると同時に、そのへんの海域を代表する水塊 Water Mass の表現にもなるのでした(黒潮水、親潮水と書けば、水塊のことだとよりはっきりします)。

黒潮は、海面付近での流速が 4 kt にも達する強くて明瞭な流れです。100m 深水温 15℃ の等温線にほぼ一致する密度前線に沿った流れです。一方、親潮の広がりは 100m 深水温 5℃ 以下の領域とされますが、「親潮前線は密度前線になっていない」ので、前線付近には強い流れがないのでした。

2023/11/06 に示した図を再掲します

 

親潮の面積について

で、今日のお題は「親潮の面積」です。気象庁提供、今月上旬の海況情報を使います。

黄色い四角が「親潮の面積」の監視海域

上図の黄色い四角で囲ったところが「親潮の面積」の監視海域です。東経141度から148度の北緯43度以南にある 100m深水温 5℃以下の領域の面積をみています。南への広がりに限界は設定されていませんが、黒潮続流を超えて南下することはないはずです。

41.5N, 145.0E 付近に中心をもつ暖水塊にご注目ください。ほぼ円形に閉じた11~17℃の等温線、それも間隔が狭い。塩分の図がないのですが、まあ、密度の水平傾度も大きいでしょうから、強い流れを伴っているはずです。実際、この海域の海流は下図のとおりです。

暖水塊の縁に強い流れがある

水温の場と海流とがよい対応を示していて、これだけなら「めでたしめでたし」なのですが、話題にしたい親潮の面積はどうなっているでしょう。

赤い線が実況。親潮の面積は昨年の夏からとても小さい状態

親潮の面積は、例年、春先(3~4月)にもっとも大きくなり、その後晩秋(11~12月)にむかって徐々に小さくなる、という季節変化があります。あります、って書きましたが、これはあくまでも平均的な変化です(i)。実況値(赤い線)をたどると、昨年の夏から「親潮の面積は平年よりかなり小さくなっています」(「診断」の文から切り取り)という状況が続いていることが分かります。

(i) 図中の黄色い線は1993~2017年の25年間の平均(30年分ではないので平年とは書かない)を示しています。濃い青は上述の25年間に出現した親潮の面積の上位1/3および下位1/3の事例を除いた範囲を示し、薄い青は上位1/10および下位1/10を除いた範囲を示しています。全部で25例なのに、上位・下位の1/3 とか 1/10 とか、整数桁では割り切れないではないか・・・とおっしゃる向きもあろうかと推察しますが、まあ、そこは統計学の手法でうまく丸め込まれています。おかしな「はみ出し」なども生じていないので、何を平均しているかの問題も含めて「ま、そんなもんだ」とご理解ください。

ところで、親潮の面積の監視領域の真ん中にでんと居座る暖水塊です。混み合った等温線でみると、緯度・経度で半径1度くらいの円とみなせるかと。ということは、緯度の1度は約100km(地球の周 40,000 km を360で割ると 111.11...km)。円周率を「およそ3」(笑)とすれば、暖水塊の面積は 3×100×100 = 3×104 km2 と見積もることができる。

そこで再び親潮の面積の時系列図を見ましょう。親潮の面積の年間平均は目分量で 10×104 km2 くらいです。監視領域の真ん中へんは、親潮(水)が占めていると期待できる場所。そこに 3×104 km2 の暖水塊がある・・・10に対する3が端から押しのけられている感じですね。でも、診断文は前出のとおり、「親潮の面積は平年よりかなり小さくなっています」と、木で鼻をくくったよう。暖水塊の存在によって何かが起こっているという表現はありません。

そもそも・・・ですが、親潮は千島列島沿いに南下して、北海道南方から日本の東方まで達するのではなかったか。東経148度までしか監視しないのはなぜでしょう。詳しくは別の機会に述べようと思っていますが、千島列島沿いの東経150度以西の流れは親潮と呼ばれるにふさわしいので、監視領域もそのへんまで広がっていいはずです。

なお、親潮面積の時系列グラフの下に「104 km2 は、おおよそ緯度1度×経度1度の広さに相当します」という解説があります。cos40°≒0.77 として北緯40度での緯度1度×経度1度の面積をざっと求めると・・・

 

なるほどなるほど。104 km2 との差は 5% 程度、見積もりは良好です。

 

本日のブツブツ

前回(10/11)AI についても書きましたが、図・グラフから読み取れることを言葉に置き換えるだけなら AI にやらせておけば十分です。どうしてそうなったのか、その現象は何を意味しているか(示唆しているか)、などに踏み込むとき、人間が介在する価値みたいなものが発生するのではないでしょうか。

 

もうひとつ。

サンマやサケの漁獲量が極端に少ないとかいう話題が出ると、一部で「北海道南方に暖水塊」でお祭りかと思われるような状況になるのですが、サンマもサケも、価格はさておき店頭に並んでいると話題にはなりません。海で極端な現象が起こっていても、興味をもって見てくれる人は少ないです。そして悪いことに、注目度が低い業務はあっさりと切り捨てられるものです。
元・水の分析屋さんとしても、いつの日か「どうして続けてくれなかったのか」と言われるのではないかと心配な業務がいくつかあります。今回見たような海況に関する情報もその一つです。