alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

酸化二窒素の話

前回投稿から早5日、加齢とともに時の過ぎ去る速さが身にしみてきまして・・・ということでこんな詩から。

 

陶潛(陶淵明

雜詩十二首 其一

人生無根蔕  人生 根蔕(こんてい)なく
飄如陌上塵  飄として 陌上(はくじょう)の塵の如し
分散逐風轉  分散し 風を逐(お)って轉じ
此已非常身  此れ 已(すで)に常の身に非ず
落地爲兄弟  地に落ちて兄弟と爲る
何必骨肉親  何ぞ必ずしも骨肉の親のみならんや
得歡當作樂  歡を得なば 當(まさ)に樂しみを作(な)すべし
斗酒聚比鄰  斗酒 比鄰を聚(あつ)めよ
盛年不重來  盛年 重ねては來たらず
一日難再晨  一日 再びは晨(あした)なりがたし
及時當勉勵  時に及んで當(まさ)に勉勵(べんれい)すべし
歳月不待人  歳月 人を待たず

 

「人生」は日々生きていること、「人の生涯」みたいな意味は無いらしいです。根っこを張っているわけでもないから、道で風に舞っている塵のようなもの・・・地に落ちたらみな兄弟も同然。血のつながりなんてどうだっていい。喜ばしいことがあったなら、楽しまなくてどうする。酒もってこい。ご近所さんもおいでなさい。元気のある若いときはもう二度とない。一日に再び朝がくるなんてあるわけがない。チャンスがあったら大いに励んで楽しもう。歳月は人と関係なく流れ去っていくから。

・・・ということで、時間を惜しんで勉強しましょうというのではなくて、限られた時間だからこそ機会を逃さず楽しむべきだという内容でした。

 

「斗酒」はひしゃくに酌んだ酒でしょうか。あまりたくさんではないかも知れません。「なんや、その辛気くさい顔は! 酒や酒や! 酒買うてこい!」とか言い出す人もあろうかと。一斗樽の酒なら足りますかねぇ。

 

今回は、窒素と酸素のつくる化合物をもうひとつご紹介。

 

「酸化二窒素」か「一酸化二窒素」か

大気中に存在する比較的寿命の長い窒素酸化物(窒素と酸素の化合物)は6種類。よく使われている名称と化学式を列挙しておくと、酸化二窒素 N2O、一酸化窒素 NO、三酸化二窒素 N2O3、二酸化窒素 NO2、四酸化二窒素 N2O4、五酸化二窒素 N2O5 です。この並びは、窒素の酸化数 oxidation number の小さい順になっていて、N2O はⅠ、NO はⅡ、N2O3 はⅢ、NO2 と N2O4 はともにⅣで、最後の N2O5 がⅤです。

特に、地上付近で濃度が高いのは NO と N2O で、一般に窒素酸化物 NOX と呼ばれるのはこれらの混合物と考えといてよいかと。今日では注目度は下がったと思いますが、光化学スモッグ酸性雨の原因物質です。

さて、今日注目するのは N2O です。ユンゲの関係のグラフで右上の囲み「長寿命」に分類されていましたが、名前を呼んだだけですませていました。まずは名称からいきましょう。元・水の分析屋さんは上で「酸化二窒素」と書きましたが、気象庁温室効果ガスのページなどでも「一酸化二窒素」をよく見かけると思います。どっちがよいでしょうか?

結論は簡単、IUPAC(i) の勧告に従えば、前者の「酸化二窒素 dinitrogen oxide」です。「一酸化二窒素 dinitrogen monoxide」や「亜酸化窒素 nitrous oxide」もふつうに通用していますが、「そうともいう」(ii) 名称ということになります。前回の記事で掲載した表では元資料を継承して「一酸化二窒素」としましたが、私はできるだけ「酸化二窒素」と書こうと思います。

(i) 2023/10/09 に書きましたが、国際純正・応用化学連合 International Union of Pure and Applied Chemistry です。化学を志す皆さん、大いに敬いましょう。

(ii) お騒がせの5歳、野原しんのすけの口調でお願いいたします。それにしても、チコちゃんやガチャピン・ムックも同い年とはねぇ。5歳児恐るべし。

もちろん、どの名称をお使いになっても何の不都合もありません。ですが、ただ、「亜酸化窒素」は「酸化窒素」に「亜」が付いていると、「酸化窒素と比べて何か(まあ、酸素としたものでしょうけど)が足らない」ような感じがして、元・水の分析屋さんとしては気分がよくないのです(あっ、個人の感想です)。

 

\(・_\)それは(/_・)/おいといて、酸化二窒素 N2O の分子はどんな構造になっているでしょうか。窒素と酸素は原子番号 7, 8 の並びですから、最小公倍数なんかを頼りに考えると、原子の数が少ないうちは、オクテットを作るような「手」のつなぎ方は考えつかないですよね。

で、どうやらこうなっているらしい:

安定したオクテットになれなくて共鳴している

(参考:2024/05/30 に書いた二酸化窒素 NO2 の構造と比べてみてください)

二つの窒素原子の共有結合で窒素分子 N2 ができているところに、後から酸素 O が単独(原子)でやってきました、みたいな造りです。真ん中になった N はオロオロするばかりで、N と O のどちらと二重結合しようかと、困っているみたいです。

二つの窒素に酸素が結びつく、「二窒素」が「酸化」されている、という IUPAC命名のココロ、こんな与太話でご理解いただけるでしょうか。

 

酸化二窒素の用途と温室効果

酸化二窒素 N2O は、2023/11/29 に「空気の発見 (3)」で登場した、酸素の発見者のひとり、プリーストリーによって発見(1772年)された気体です。無職、もとい、無色・無臭の気体で、高濃度で吸入すると思考や感覚が麻痺します。笑みを浮かべたような表情になり、陶酔感を得られるそうです。ただ、火災報知器やサイレンのような大きな音も、ほぼ聞こえなくなるとのことなので、よい子は勝手に吸入してはいけません。もっとも、歯科、眼科その他の手術で「笑気麻酔」に利用されていますから、その場合はありがたく吸入しましょう。

モータースポーツ用のエンジンやロケットエンジンでは燃焼触媒となり、半導体工業では絶縁膜を作る工程で利用されます。また、この記事のために調べものをしていて初めて知りましたが、液体を泡立てる調理法で N2O が使用されるとか(エスプーマ)。二酸化炭素 CO2 でも泡立てることはできますが、酸性側に偏って酸味がつくそうです。そもそも、キッチンも、ある意味、立派な化学実験室ですから(iii)

(iii) 野菜を切り刻んで硫化アリルその他の化学物質を生成させる実験とか、熱によってデンプンやタンパク質を変成させる実験とか、界面活性剤やキレート剤によって油脂類その他を除去・分散させる実験。多くの方が毎日やってますよね。

さて、人為的起源とされる N2O は主に農地から発生します。農業技術の進歩にともなって窒素肥料の生産量と使用量が増え、地球全体で農地への窒素固定量および蓄積量も増大して、結果として農耕地からの発生も増えるというわけです。また、農業以外の発生源をみても、内燃機関からの排気、汚水処理施設の水環境中での硝化・脱窒など、人間の社会生活に関わる多くの場面があることに気付きます。人間が生活してたら、出るんですよね(まことに業の深い生き物であること・・・・・・)。

 

地球温暖化対策の推進に関する法律」の施行令、その第四条です:

第四条 法第二条第五項の政令で定める地球温暖化係数は、次の各号に掲げる温室効果ガスの区分に応じ、当該各号に定める係数とする。

 一 二酸化炭素 一
 二 メタン 二十八
 三 一酸化二窒素 二百六十五

  ・・・・・・

 三十二 六ふっ化硫黄 二万三千五百

 

さすが法規の条文。分かりやすいようには書いてくれません。元・水の分析屋さんが上に引用したところだけまとめた表でご覧下さい:

よく出てくるものだけです・・・申し訳ない

地球温暖化の主要因は、二酸化炭素 CO2 の増大による温室効果の拡大だということになっていますが、 N2O も メタン CH4 も、地球温暖化への寄与(iv) が大きいものとしてあげられております。そして、N2O はオゾン層破壊物質でもある。しかも、大気中の滞留時間は 120年くらいで、割と長寿命です。我々が役立つ物質だと思っていても、他方では困った性質を持つなんて、よくあることですけどね。 

(iv) 「寄与」と「貢献」はどっちがどのようにエラいのか。私からは説明しません。どうか、辞書をご覧になってください・・・皆さんは、ドジャース大谷選手の活躍が、チームに対してどちらにあたると考えられるでしょうか。