alchemist_380 のひとりごと

元・水の分析屋さんがブツブツ言います

アルゴ・フロートによる観測

元・水の分析屋さんは、名乗りのとおり、試料水の分析を主たる仕事にしていました。観測船に観測員として乗り組み、採水器その他(海面の水はバケツで採取します)によって得られた試料水を分析します。化学分析の担当ではない観測員も、試料水を容器に取り分けるところまでは一緒に作業しますから、みんな職業を訊かれたら「水商売」と答えるのがお約束です。採取した試料水を持ち帰って陸上の実験室で分析する場合もあるのですが、ともかく水がないとデータを出すことができません。

ところが、データの解析結果を扱う人たちは、陸上にいながらにして、人工衛星、船舶、ブイ、アルゴ・フロートなどの観測データを得ています。さらに、数値モデルの力で観測データがまばらな海域でも、海面のみならず海面下の水温場まで(推定のものですが)入手しています(i)。データ取得から解析までの作業は自動化されていますから、データを得るために現場に出向くこともないし、図上にプロットされたデータを見ながら自分で等温線を引く、なんてこともありません・・・なんだかなあ。

(i) 海洋の物理が組み込まれた数値モデルによるシミュレーション結果と、さまざまな手段で得られた観測データを総合的に解析しています(データ同化)。数値モデルだけだと現実世界からずれていくのは目に見えているので、データを喰わせながら軌道修正しているといったところでしょうか。このブログでも使っている海水温その他の図情報に空白域がないのは、観測データの空白域があっても「適切に」補間されているからです。後にどこかで示しますが、海洋における観測データは、空間的にも時間的にもまだまだ「まばら」です。

 

気象台に勤めていても、人間の目視による観測は行わない時代になったのですが、元・水の分析屋さんは、心のどこかに引っかかりを感じます。現実世界を観測することのない人が、将来予測の情報まで使って仕事しているせいかも。考えすぎと言われるのは承知ですが、無人兵器で敵をやっつけようという現代戦の発想と何かつながってはいないでしょうか。オジサンの杞憂であることを願いたいです。

 

アルゴ計画とアルゴ・フロート

JAMSTEC の Argo計画・日本公式サイトによりますと、アルゴ計画(英語だと Argo だけで通用するみたいです)は、世界気象機関 WMO、ユネスコ政府間海洋学委員会 UNESCO-IOC 等の国際機関および 各国の関係諸機関の協力のもと、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステム構築を目指す国際科学プロジェクト。全球の海洋表層における水温・塩分の鉛直プロファイルをリアルタイムに取得して、その観測データを各国の関係機関や研究者に無償で! 提供します・・・では、その「水温・塩分の鉛直プロファイル」とやらは、いったいどのように取得されるのでしょうか。

まず、高精度の水温・塩分のプロファイルが得られる、観測船による CTD(電気伝導度水温水深計)観測で考えてみます。観測点を20海里ごとに設定して、測点間の移動に2時間くらい、2000mまでなら 1測点で2時間かかるとして(手早い方ではないかと思います)、1日で6測点が関の山。これに CTD 観測を実施できる船の数をかける・・・気象庁はもはや2隻。海上保安庁水産研究・教育機構、大学などなどの観測船をまとめても十の桁でしょう。世界中集めても、常に数百の観測船が洋上で稼働している・・・などはありそうにないと思います。

観測を自動化するならこういうところですね。アルゴ計画では「アルゴ・フロート」と呼ばれる自動観測装置が用いられます。

海洋「表層」の観測ですが、深さ 2000m までですね

アルゴ・フロートは、最初こそ船から海に放り込んでもらわなくてはなりませんが、その後、まずは待機深度の 1000m まで沈んで、その深度の流れに乗ります。およそ9日を経過すると、いったん 2000m まで潜り、そこから海面に向かってゆっくりと浮上しつつ水温 T と塩分 S を測定。海面に出たら、衛星経由でデータを送信して、確実に送信できたであろうタイミングで、再び待機深度まで沈みます。電池が続く限りこのサイクルを繰り返して、大体10日に一度、水温・塩分の鉛直プロファイルを観測するのです。

さらに観測データが乏しい深海については、待機深度が 2000m で 4000m から海面までの鉛直プロファイルを観測する「ニンジャ NINJA」フロート(上図の黒いやつ)も使われています(西洋世界の皆様には、さぞかしカッコいいのでしょう)。無人でこんな観測ができれば、水温・塩分の鉛直プロファイルのデータ単価はかなり下がります(ii)。データの品質は別の話ですが、データの量を考えればなかなかの魅力ですね。

(ii) 観測船に関わる経費はさまざま。船が港にいる間もタダではないですし、いざ観測航海となれば、船自体を動かし、観測のための機器も稼働させ、乗員の生活の面倒までみなくてはなりません(船のメシは単身世帯のそれよりもずっとおいしいとしたものですが)。一方、アルゴ・フロートのようにデータ取得を自動化すれば、観測船の CTD よりも測定精度ははっきりと劣ります。いやな話ですが、頂戴した予算で仕事をしているのですから、データの質・量とその単価は「トレードオフ」の関係にならざるを得ません。

 

実際、どのくらいのアルゴ・フロートが稼働しているのか。こちらをご覧下さい:https://www.data.jma.go.jp/gmd/argo/data/indexJ.html アルゴ計画 リアルタイムデータベース)

2024/06/12 現在、3894ものフロートが稼働中! (日本のは赤の174コ)

鉛直プロファイルの数を考えれば、「常に数百の観測船が洋上で稼働している」状況よりも、「常に数千のアルゴ・フロートさんが稼働している」ので、明らかに優勢です。我が国が投入したフロートは、図中の赤いプロットの174コ、黒潮を意識してのことと思いますが、主として北太平洋亜熱帯循環域に展開されております。国家の予算を投入しているからには、そのような考え方になって当然なのですが、他国も同様にやっているので、これで大丈夫です。

 

「海中天気予報」の考え方

さっき小さい字で書いたように、アルゴ・フロートによる水温・塩分のデータは、観測船の CTD よりも測定精度ははっきりと劣ります(iii)。しかし、データ数が多いので、海の中の天気図を描くために大変役立ちます。

(iii) 観測船の CTD 観測であれば、水温 0.001℃、塩分 0.001 の桁まで確かな値に仕上がりますが、アルゴ・フロートの観測精度は一桁劣ります。ついでですが、気象台やアメダスの気温データは 0.1℃の桁まで。気象の世界ならこれで十分でしょうし、これ以上を望んでもおそらくは意味がありません。

たとえば、こんなのです:

JAXA ひまわりモニタ 「海中天気予報」より 2024/06/13 の 100m 深水温図

気象の世界でも、さまざまな観測データが同化され、数値モデルで各種の天気図が描かれています。そんな中、失礼ながら毎日の天気予報はそこそこハズレるわけですが、海洋のこういった解析図・予想図も、利用する側が「まあ、いいじゃないですか」と受け止めてくれるレベルなら・・・まあ、いいじゃないですか・・・そこそこレベルの図情報が提供できる世の中になってきたと考えてよいのでしょうね。

 

なお、アルゴ・フロートが浮いたり沈んだりできるのは、フロートの底にある油室のおかげです。オイルを電動ポンプで吸い出したり送り込んだりして、油室をへこませたり膨らませたりして、微妙に浮力を調整するのです。詳しく知りたい方は、そこら中ググってみてください。