地球上には、どの瞬間においても、まったく風が吹いていない地点が必ず存在する。前回、この「証明」を書く、って書いたので・・・書いてみましょう。大脱線ですけど、まあ、いいじゃないですか。
まずは、2024/02/20 の記事に登場した「オイラーの多面体定理」が再登場です。
「オイラーの多面体定理」と「オイラー数」
私たちがふつうに考える3次元空間において、あらゆる凸多面体の辺、頂点、面の数には「辺は帳面に引け」、「辺=頂・面 2引け」の関係がありました:
(辺 E)=(頂点 V)+(面 F)-2 ・・・これがオイラーの多面体定理で、定数 2を「オイラー数 e」といいます。凸多面体の中に空気を吹き込んで膨らませてみましょう。理想的にやれば球ができます。もともとの辺や面は歪んでしまいますが、頂点は辺の交点として残ります。したがって、多面体定理はそのまま成り立ち、オイラー数 e は 2のままです。
では、真ん中に穴が空いている(うっすら陰をつけてみました)多面体だとどうでしょうか。これは凸多面体ではないですね。

隠れているところがたくさんあるので、注意深く数えなくてはなりませんが、図中に示したとおり、辺が32本、頂点は16コ、面が16枚で、オイラー数 eはゼロになります。で、この立体の中にも空気を吹き込んで、理想的に膨らませてみましょう。こんな感じになりますね:

球面ではなく、ドーナツ、あるいは浮き輪の表面。「トーラス」と呼ばれるものになります。そして、球面のオイラー数は 2ですが、トーラスのオイラー数は 0です(i)。
(i) オイラー数が 0の曲面は、トーラスとクラインの壺(メビウスの帯の高次元版)しかありません。
ブラウワーの不動点定理
次は、ブラウワーの不動点定理 Brouwer's fixed-point theorem。曰く、
n 次元球体を自分自身(またはその内部)へ写す連続写像 f には、
少なくとも一つの不動点がある。
つまり、x=f (x)となる点 x が存在する(n 次元球体と同相の物体でも成立する)。
n=1 の「球体」は x 軸上の区間 [-1, +1] です。n=2 の「球体」は x2+y2 ≦ 1 を満たす天の集合(円板)です。半径 1 の円板で定理の具体例を示すと、

写像が連続であるとは、互いに近くにあるものが近くに写るといったところでしょうか。F(x) = x とは、写像の行く先が元の場所だということ。つまり、写像で動かないから「不動点」。
地表面の風の分布を「ベクトル場」とみなす
風(ii) が吹くとか吹かないとかの話をするには、やはり天気図の出番か:

(ii) 低気圧(高気圧)の中心付近には上昇流(下降流)があって、水平方向については収束=吸い込み(発散=湧きだし)として観察できます。ここで問題にするのは、上昇・下降は考えない、地表付近の風ということでお願いします。
さて、これは例題ですが、上図の左、色を付けた円のあたりでは、どのような風が吹けばよいのでしょう? 右にイデア的な図を示しておきますので、考えてください。
低気圧(L)同士を結ぶ線は、予報士さんが「気圧の谷」と説明してくれるもの、高気圧(H)同士を結ぶ線は、地上天気図の説明ではあまり使わないと思いますが「気圧の尾根」・・・これらが交差する「鞍部」になってますね。空気は、気圧が高いところから低いところへと動こうとするのですが、鞍部のど真ん中(谷の線と尾根の線の交点)ではどちらの L に向かったものか、身動きできないでしょう。風が吹いてない地点の有力候補ですね。
とは言っても、どちらかの高気圧から、鞍部点を経由して、どちらかの低気圧に向かう矢印は描けるかも知れません。やはり「証明」でなくては、疑いが晴れません。
それでは「証明」と参りましょう。よくあることですが、地球は理想的な球と考えてください。
地表の各点における風速(短時間内の空気の移動ととらえる)は、球面に接する平面内にあるベクトルで表現できます。よって、風速の分布は「接ベクトル場」となるのですが、互いに近くにある空気は短時間を経過しても近くにあるはずですから、連続性があると考えるべきです。
そこで「ポアンカレ-ホップの定理 Poincaré–Hopf theorem」:
接ベクトル場の零点(零ベクトル)が全て孤立しているとき、
零点の指数の和はその空間のオイラー数と一致する
この定理の証明は私の理解を超えますが、言わんとするところは何とか分かります。指数とは、零点の周囲の接ベクトルを反時計回りに動いて観察したとき、反時計回りに何回転するか、を表しています。

この指数の和がオイラー数に一致するというのです。
我々は地球の表面を球面と考えていますから、接ベクトル場に零ベクトル=風のない点があってすべて孤立しているのなら、それらの指数の和は 2でなくてはなりません。一方、零点を全く持たない接ベクトル場があるとすれば、その零点の指数の和は 0 でなくてはなりません。この後者の方はポアンカレーホップの定理に反します。
あとは、ほぼ同じ内容をもつ上の不動点定理で理解できます。球面上の風速ベクトル場の中には、元の場所に写るベクトルがあって、これは零ベクトル。円板は球面から一点を取り除いたものと同一視できますから、円板に関する不動点定理により、風速ゼロの不動点が地球のどこかに一つ以上存在するのです。
もっと悪い例を出すこともできます。人間の頭を半球(円板と同相)とみなしましょう。すると、髪の毛(流線ベクトル!)をどのようにまとめようと流そうと、少なくとも1カ所は「つむじ」があります。ただし、GH をドイツ語読みしたような方の場合は除きます。